ロシアによるウクライナ侵攻が始まって24日で半年です。
ウクライナからの避難民は世界で700万人を超えるとされています。
このうち、宮崎県内でも、ウクライナから避難してきた14人が生活しています。
25日から新生活を迎える一家に思いを聞きました。
今年6月、ウクライナから宮崎へ避難してきたオレナ・ヴォロキティナさん一家。
オレナさんたちはウクライナの第二の都市、ハルキウに暮らしていましたが、戦況が激しくなり避難を決意。
宮崎市在住の友人を頼って子ども3人を含む一家5人で来県しました。
宮崎に避難してきて2か月余り。
言葉も通じない中で始まった避難生活でしたがオレナさんたち家族は少しずつ宮崎での生活に慣れてきました。
(オレナさん)
「私の家族みんな宮崎すごく好き。ありがとう。子供みんな楽しい。食べ物もおいしい。大丈夫です」
こうした中、25日からは長女のイェバァさん(15歳)と長男のラドミールくん(10歳)がそれぞれ中学校と小学校に通うことになりました。
(ラドミールくん)
「私はラドミールです」
2人は24日、学校から支給された教科書やウクライナ語に翻訳するためのタブレットの使い方を確認していました。
(ラドミールくん)
「楽しみにしているけど、新しいところだから緊張している。みんながちゃんと優しくしてくれるか緊張」
(イェバァさん)
「もちろん勉強したいけど、すごく緊張します」
長期化するロシアによる軍事侵攻。
宮崎で平和な日々を過ごすオレナさんたちですが、祖国のことを考えない日はありません。
(オレナさん)
「戦争が始まった時、私は最初、1、2週間くらいで終わると考えた。今は6か月。すごい長い時間。分からない。いつ終わるか、みんな分からない。早く終わってほしい」
(宮崎在住のウクライナ人 ヴィクトリアさん)
「(きょうは)独立記念日なので、私たちにとってすごく大事な日ですけど、こんな状態になっているのはすごくつらいこと。半年経つなんて信じられない。早く終わってほしい」
ウクライナへの侵攻が始まって半年。
オレナさんたちの宮崎での暮らしは少しずつ変化していますが、祖国の平和を祈る気持ちは変わりません。
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