2021年東京五輪では、史上初「兄妹同日金メダル」など過去最多、9個の金メダルを獲得した柔道・チームJAPAN。これまで日本柔道が獲得した金メダル総数は世界最多の48個!その金メダルとともに「伝説の名場面」が数々生まれました。

歓喜の瞬間に「待て」

1964年の東京五輪から正式種目となった、柔道。
この時、“礼に始まり礼に終わる”という柔道の教えを巡る「伝説の名場面」がありました。

当時は男子の4階級のみで、日本は3階級で金メダルを獲得。
▼68kg級(中谷雄英選手)▼80kg級(岡野 功選手)▼80kg超級(猪熊 功選手)

無差別級では、神永昭夫選手と決勝を戦ったオランダのへーシンク選手が優勝しましたが、優勝を決めた歓喜の瞬間に「伝説の名場面」が生まれました。

快挙達成に、オランダのコーチ陣が畳に駆け上がろうとした時、ヘーシンク選手が「待て」と手で制したのです。
“礼で終わるまで、試合は続いてる”ー外国人選手が礼儀を重んじる名場面でオリンピック柔道の歴史が幕をあけたのです。

世界中を感動させた“攻めない”フェアプレー

さらに「伝説の名場面」といえば…

『柔道マガジン』発行人 永瀬義規さん:
相手を敬う心に世界中が感動した、伝説の試合でした」

国内唯一の柔道専門誌『柔道マガジン』の永瀬さんがあげたのは、1984年ロス五輪での男子無差別級の決勝。

世界記録の「203連勝」という偉業を残した山下泰裕選手は、当時金メダル確実と言われていました。
しかし2回戦で、右ふくらはぎに「肉離れ」を負ってしまったのです。
のちに全治2か月と診断されたほどの重症でした。

なんとか勝ち進み、迎えた決勝。

実況:
「試合時間は7分間。試合が始まりました。140キロ、エジプトの巨漢のラシュワン。27歳の山下」

実況が始まった直後のことでした。

ラシュワン選手の技が不発に終わった隙をついて、山下選手が寝技で抑え込みに!

実況:
「これはチャンスです!山下、金メダルに向かいます!ブザーが鳴った!」

この決勝戦では、山下選手の勝利とともに、もう一つの伝説が刻まれたといいます。

『柔道マガジン』発行人 永瀬義規さん:
「開始わずか13秒で決めた山下選手の強さはもちろんですが、ラシュワン選手は負傷した右足を攻めなかった。のちに国際フェアプレー賞をとるほど、世界中を感動させた名場面です」