「立法事実」はあったのか

問題は当事者不在にとどまらない。

新しい法律を作ったり、法を改正したりする場合は、前提となる事実が示されなければならない。つまり「いま世の中ではこういう問題が起きている(立法事実)。だから解決するためには新たな法律や改正が必要になる」と説明して法案が提出、審議されるのが筋道だ。

国会審議で政府は、次のような「立法事実」を挙げた。

(1)2019年の世論調査で、一度永住許可をされた人が要件を満たさなくなった場合、取り消して、活動内容や在留期間に制限がある立場に変更する制度を設けることについて「賛成」が74.8%あった。

(2)7つの地方自治体の担当者から聞き取りをした結果、一部の自治体から永住許可の申請時にまとめて滞納分を支払うが、その後再び滞納する永住者がいるなどの声が上がっている。

これに対して議員から反論が相次いだ。

(1)については、「質問と選択肢が恣意的、誘導的」と批判された。確かに「永住許可の要件を満たさなくなった場合」というのは、問題がすでに発生していることが前提となった質問だ。その文脈で尋ねられれば、「問題があるのだから取り消しや在留資格の変更は必要だ」と答える人が多数派になるのは目に見えている。

(2)については、対象が全国の自治体のうちわずか7つしかないことに加え、「永住許可の申請時にということは、永住許可を持った人のことではない」と指摘された。しかも提出された資料の自治体名は黒塗りで、裏取りもできない。入管庁は衆議院法務委で、永住者が滞納しているなどと自治体から通報があった件数の統計はなく、滞納額も把握していないと答弁した。

横浜中華学院での勉強会

それにしてもなぜ、こんな改定案が出てきたのか。

政府は、外国人労働者の受け入れを目的に、問題の多かった技能実習制度に代えて育成就労制度を創設し、今国会に法案を提出した。これに伴って「将来的には永住資格を持つ人の数が増えると予想されることから、永住許可制度の適正化が必要になる」と説明し、永住資格の取り消し制度を法案に盛り込んだとしている。

しかし、改定案に先立って技能実習制度のあり方などを議論した有識者会議の座長、田中明彦・国際協力機構(JICA)理事長は「永住者の在留資格の取り消しについて、議論はしておりません」(参議院法務委の参考人発言)と明言した。

改定案が出された事情について、「移住者と連帯する全国ネットワーク」(移住連)の鳥井一平・共同代表理事は、参議院法務委で興味深い発言をしている。鳥井氏は「育成就労を口実に、永住資格の取り消しをどさくさ紛れに加えた」と批判し、次のような見方を示した。

「(永住資格取り消しは)唐突極まりない。育成就労となぜ一緒に議論しなければいけないのか。まったく普通に考えればつながらない。(外国人労働者の)受け入れを拡大すると、反対する人たちがいるので、それに対して何か言わなきゃいけない。それが永住の適正化。こんなひどい話はない。ある意味すごくバーター的な発想。反対の人たちはごく一部だが、声が大きい。(しかし)ヘイトスピーチのグループに日本の社会を委ねてはいけない、忖度をしてはいけない。永住資格の取り消し条項は、そういう不自然な経緯で出てきた」