富士山問題で思わぬ反発も 「ヒマラヤに逃げてよかった」

野口氏にはもうひとつ、エベレスト挑戦で光を当てた影があった。環境問題だ。エベレストで出会った他国の登山家に言われた衝撃の一言が今も胸に刻まれているという。
野口健氏:
初めてエベレストに行って、本当にゴミが多かったんです。外国人の登山家が僕を指さして、「お前ら日本人のゴミが特に多い」と。富士山は世界で最も汚い山だと聞いているという話になって、エベレストを富士山のように汚すのかみたいなことを言われて悔しいなと思いまして。僕はそれまで雪に覆われた冬しか登ったことがない。帰ってきて初めて夏の富士山に行ったら、5合目から上はポイ捨てゴミが多いし、麓に行ったら不法投棄は山のように。そのときに、遠くから見たら美しい富士山はA面だなと思ったんです。
入り込んで見たときの、不法投棄の産業廃棄物はすごいですよ。タイヤ1800本が1か所にあったりとか、注射器が僕の背の倍ぐらい山積みされていたりとか。それを見たときに、これは富士山のB面だと。現場に行くと、自分の目で見るじゃないですか。目で見るっていうのは大きくて。今インターネットでいろんな情報が簡単に集まって、データが頭の中に入ると何か知ったような気になるじゃないですか。でも、樹海に行って注射器が山積みされているのを見たときに、頭の中にあった真っ平らな知識っていうのが膨らんできて。匂いもあるじゃないですか。こんなことが起きているっていうことを本当の意味で強烈に知るわけです。
そうすると、現場で何ができるんだって、何かひとつを探すんですね。その何かひとつっていうところで、気持ちの中で背負っていくんだと思うんです。現場に行ってみちゃって、知っちゃって、背負っちゃって、気づいたらゴミ拾いっていう感じです。

野口健氏は登山家としてだけにとどまらず、世の中の影に光を当て、社会課題解決に挑み続けてきた。しかし、富士山に不法投棄されたゴミと向き合ったとき、心が折れそうな瞬間もあったという。
野口健氏:
富士山の清掃を始めたときに、僕はてっきり地元の人が歓迎してくれると思っていたんです。そうしたら、よそ者が好き勝手言うんじゃないみたいな批判の声の方が多いんです。それで疲れたんです。なんで一生懸命ゴミを拾おうと思って、こんなに言われるんだろうって。疲れたときは、やっぱり逃げるんですね。僕はどこに逃げるかっていうとヒマラヤに逃げるんです。日本にいるときって富士山の問題でワーッと言われるじゃないですか。だんだん視野が狭くなってくるんですよ。追い詰められていくんですけど、ポンっとヒマラヤに行くと、富士山を遠くに感じるんです。
活動している人間って自分が正しいと思っているから活動するわけじゃないですか。これが、次のステップになると、自分が正しいと思っていることはみんな同じように正しいと思っているんだと思い込むんですよ。何でみんな僕のことをああだこうだ言うの?ってなるんです。ただ、ヒマラヤに行って、あれ?って思って。自分の考え方=社会の考え方っていうのに初めてクエスチョンがついて。
富士山には麓から山頂までいろんな人が関わっているんです。立場が異なれば、捉え方もそれぞれだと思ったときに、自分の考え方=社会じゃないと。僕はいろんな世の中の考え方の中のひとつだから、みんなが言ってくるんだと思ったとき、スーっと肩の力が抜けたんです。例えば環境問題という流れだけで何か仕組みができたら、観光業とか生活ができなくなる人がいるかもしれない。となると、彼らは当然体を張って反対してくるわけです。ですから、富士山は環境も大事だけど、観光の山でもある。環境と観光のバランスだよねとか。いろいろ言われて逃亡してよかったです。逃亡しなかったらもう完全に行き詰まって、途中で投げ出したかもしれないです。
――ヒマラヤから戻ってきて、プロセスや行動が変わったんですか。
野口健氏:
例えば、最初は山小屋の方々と、意外と難しかったんで、山小屋の方に会いに行って。一升瓶を持って。酒を飲むとちょっと心がほぐれるんで。コミュニケーションですよね、どうやって解決していこうかみたいな。当時は富士山には白い川があるって言われていて、トイレを全部そのまま流したんです。トイレから流れて紙が残って、それがすごい量だったんです。
それを僕は問題提起したんです。その頃にバイオトイレっていうのが誕生して、山小屋さんに「例えばバイオトイレはどうかな」とか。お金がかかるんですよ。当時の環境大臣にもその話をして、環境省から静岡、山梨県にも声をかけてもらって、補助金も出してもらって、最初にそのコストを全部出すのは嫌だって言っていた山小屋さんも途中からすごく払ってくれて、みんなでお金を払って環境配慮型トイレに全て変わりました。富士山から白い川はなくなりました。
――B面を見るのは大変だと感じます。
野口健氏:
どうでしょうね。娘が小さいときに背負って富士山のゴミとか拾っていたんです。一緒に休みの日に散歩に行くじゃないですか。娘は背が低いんで、ベンチの下とか垣根の中の空き缶とかを見つけるんです。その日は清掃日じゃないんですよ。親子での散歩なんです。「パパ、ゴミ」って言うから、面倒くさいと思いながら、本人も拾うし僕ももちろんですけど。いつも歩いているところを目線をちょっと変えるだけで発見があるんだなと思ったんです。ちょっと角度を変えるだけで見えてくる世界があるんです。それもある意味B面ですよね。
――あまり構えなくても、ちょっと意識を変えてみるとか、姿勢を変えてみるというのは大事なことですね。
野口健氏:
物理的な目線もあれば、思考の中の目線を変えていくっていう。
(BS-TBS「Style2030賢者が映す未来」2024年5月19日放送より)