◆「台湾らしくない台湾」を巧みに操る中国

そんな緊張の最前線に住む金門島の人たちは、どう感じているのだろうか。彼らは中国と向き合いながらも、台湾の公民だ。もちろん、平和な島であってほしいと願っている。ただ、そんな地理的背景にあるから、台湾本土との結び付きより、すぐ目の前の中国との人的交流が盛んだし、経済の分野においても中国に依存している。その意味でも「台湾らしくない台湾」だ。

実際、台湾の大規模選挙の結果をみると、金門島、馬祖島の有権者が支持するのは、中国との融和を訴える野党・国民党が圧倒的に多い。中国との距離を置く政権与党の民進党の弱い地盤だ。

中国側にとっては台湾の離島が「狙い目」なのだろう。漁船の事故、死者が出たことは不幸なことだが、中国としては同時に、台湾への統一工作にどのように活かせるかを視野に入れているはずだ。台湾本島と違う離島の人々と感情を巧みに操っているだろう。

台湾の離島周辺海域で、台湾の管轄水域を否定する行為を繰り返す。これは、事故を契機に、離島住民を不安にさせる威圧行為だ。その一方で、中国側は「善意」も示す。冒頭で紹介したように、離島に住む人が海で遭難した時は救助にあたり、血のつながり、同胞意識を強調する――。

硬軟織り交ぜた中国側の手法に、離島の住民の心も揺れるだろう。「まずは、離島から」という戦略だろうか。中台の地理的最前線の島々で起きる、小さな動きにも注目したい。

◎飯田和郎(いいだ・かずお)

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。