世界の主要中央銀行の一部は、債券市場に金融政策の役割の一端を担わせることに前向きなように見受けられる。

米連邦準備制度とイングランド銀行(英中央銀行)はいずれも、最近の国債利回り上昇を踏まえ、政策金利を据え置いたまま様子を見ることが可能との見方を示唆している。米国とイランの断続的な軍事衝突を背景としたエネルギー価格の上昇が、本格的な物価ショックにつながるかどうかを見極める考えだ。

国債利回りの上昇は、企業や住宅所有者の借り入れコスト上昇という形で経済全体に波及する。このため、市場の反応が金融環境の引き締まりをもたらし、政策金利を実際に引き上げる必要性を当面は低下させることになる。

ウォーシュ連邦準備制度理事会(FRB)議長は7月29日、政策金利据え置きを決めた連邦公開市場委員会(FOMC)会合後の記者会見で、こうした市場任せともいえる姿勢を示した。

ウォーシュ議長は金融環境の引き締まりについて、将来の政策運営に関するフォワードガイダンスを縮小したことにも一因があると説明した。また、市場は今や「審判ではなく、ボールそのものを見てプレーしている」と述べた。

もっとも、この考え方に全ての市場関係者が納得しているわけではない。

RBCキャピタル・マーケッツの欧州マクロストラテジスト、ジョージ・モラン氏は「市場による金融引き締め効果は、過去の利上げサイクルと比べると極めて小さい。インフレに一段と広範にショックが波及すれば、中銀はそれだけに頼ることはできない」と指摘した。

イランでの戦争で原油相場が大きく変動する中、インフレ期待がどちらの方向に向かうのかが明確になるまで静観する一部の主要中銀のアプローチには一定の合理性がある。

一方で、新型コロナウイルス禍によるロックダウンと、ロシアによるウクライナ侵攻に伴うエネルギー価格急騰が重なった2020年代前半の教訓もある。中銀による対応が遅れれば、インフレ抑制は一段と難しくなるというものだ。

FRBウオッチャーの一部は、ウォーシュ議長と他の当局者が今回の局面でも対応を先送りし過ぎる可能性があると警戒している。その結果、後になって一層大幅な金融引き締めを余儀なくされ、借り入れコストを一段と大きく押し上げ、経済成長を損なう恐れがあるとみる。

動画:IBMのゲーリー・コーン副会長は、ウォーシュFRB議長による金融政策運営を受けた市場の反応について、「市場はFRBが次に何をするのかを知ることに依存するようになっていた」と指摘

ただ、最近発表の経済指標では、慎重なアプローチを裏付ける数値が示されている。6月の消費者物価指数(CPI)は前月比で6年ぶりの低下となった。一方で、前年同月比ベースでは、総合指数が3.5%上昇、変動の大きい食品とエネルギーを除くコア指数は2.6%上昇と、引き続き高い伸びとなった。

BMOキャピタル・マーケッツの米金利戦略責任者、イアン・リンジェン氏は「ウォーシュ議長は、市場が金融引き締めの大半を担っているとして、政策金利を据え置くことに満足している」と指摘。他方で、「市場が連邦準備制度に代わって効果的に金融環境を引き締められる期間には限界があり、いずれは金融政策による裏付けが必要になる」と語った。

イールドカーブ

ウォーシュ議長の記者会見後、短期債利回りの上昇幅が長期債の上昇を下回り、米国債のイールドカーブ(利回り曲線)は、約1年ぶりの大幅なスティープ化となった。3日の取引ではイールドカーブはややフラット化したものの、利回り格差は先週のFOMC会合前と比べて大きい水準を維持した。

スウェーデンの銀行グループ、スカンジナビスカ・エンスキルダ・バンケンの米国担当エコノミスト、エリザベト・コペルマン氏はこうした動きについて、「連邦準備制度が最終的に市場の期待に応えるよう圧力を強めることになる」と話した。

英国では7月30日、2年債と30年債の利回り格差が3月以来の大幅拡大となった。米国の動向を受けた動きで、その後、イングランド銀行が近いうちに利上げを実施する可能性は低いとの見方を示したことを受けて一段と広がった。

ベイリー英中銀総裁は、中東での戦争を受けた金融環境の引き締まりに加え、右肩上がりのイールドカーブが「芽生えつつあるインフレ圧力を抑制している」と語った。

欧州中央銀行(ECB)も、市場が金融引き締めを後押ししていることを認めている。ECBは既に利上げを実施し、9月にも追加利上げが見込まれている。ラガルド総裁は7月23日の記者会見で、「金融市場の変動性が高まり、リスク回避姿勢が強まれば、需要を抑制し、その結果としてインフレ率も鈍化する可能性がある」との見解を示した。

みずほインターナショナルのマルチアセットストラテジスト、エヴリン・ゴメスリヒティ氏は、中銀が市場の調整機能に委ねる姿勢は妥当だとみている。

ゴメスリヒティ氏は「中銀は利上げによってエネルギー価格ショックを『解決』することはできない」と指摘。「実際の利上げ実施について、中銀が慎重な姿勢を取るのは理にかなっている」と述べた。

一方、日本銀行は為替市場への警戒を強めている。円安が国内インフレを押し上げる一因となる中、日銀は31日の金融政策決定会合で政策金利を1%に据え置いた。同日の外国為替市場では、下落の続く円相場を下支えするため、日米当局が円買いの協調介入を実施した。

植田和男総裁は会合後の記者会見で、物価上昇圧力が一段と広範に及ぶ場合には、政策金利を通じて対応する用意があるとの認識を示した。タカ派寄りの姿勢を受け、市場では9月利上げの可能性が引き続き意識されている。

もっとも、他の主要中銀については、債券市場に頼るだけでは物価上昇圧力を抑え込めないとの見方もある。

INGの先進国担当エコノミスト、ジェームズ・スミス氏は「中銀にとってのリスクは、インフレ期待を抑制し続けるためには、いずれ言葉だけでなく実際に行動で示さなければならないことだ」と指摘した。

原題:Central Banks Let Markets Do Heavy Lifting as Iran War Adds Risk(抜粋)

--取材協力:George Nixon、Ruth Carson、Alexander Nicholson、Zoe Schneeweiss.

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