WTI原油先物価格80ドルが、市場センチメントの分水嶺か
8月3日の米国株式市場は、堅調な地合いが継続した。
イラン情勢の悪化が確認されない中で、WTI原油先物価格が概ね市場予想コンセンサスとみられる80ドル程度まで下落した。
最近はインフレ懸念によって債券が買いにくい上に、高値警戒感によってAI・半導体関連株も買いにくい状況となっていたが、原油価格が下落してきたことから、幅広い資産に投資資金が回帰してきた模様である。
この日は主要株価指数がそれぞれ1~2%程度上昇し、ばらつきがみられなかった上に、債券相場も上昇した。原油価格が下落すれば、米景気の改善期待によって株価指数は堅調に推移するだろう。
しかし、今年前半にあったような、AI・半導体関連株への逃避的な資金集中が進む相場と比べれば、変化は緩やかなものとなるだろう。また、原油価格が80ドルを超えて上昇していけば、全体的に低迷する可能性もある。さらに、原油価格が大きく下落する場合(インフレ懸念が大きく後退する場合)、株式市場から債券市場に資金がシフトする可能性もある。
原油価格は80ドル程度で安定している状態が、株式市場にとっては最も望ましいと言えよう。
債券市場の「悪いとこ取り」は一巡したか
8月3日の米国債券市場では、インフレ懸念が後退し、幅広い年限の金利が低下した。
長期金利は前日比▲5.9bp、2年金利は同▲5.4bpだった。10年実質金利が同▲3.6bp、10年インフレ予想(BEI)が同▲2.2bpとなった。全体的に金利が低下しており、「大きな特徴がなかったこと」が特徴と言える。
イラン情勢の悪化以降、「インフレ懸念⇒FRBのタカ派化懸念⇒ハト派FRBによるビハインドザカーブ懸念」と、目まぐるしく金利上昇要因が変化してきた。それぞれの理由はもっともらしいのだが、「悪いとこ取り」の印象も強い。
この日の金利低下は、債券に割安感が出てきたことによる買い戻しだろう。米長期金利は7月31日には4.73%に達したが、この水準はコロナ後のレンジ上限(23年10月の4.99%、24年4月の4.70%、25年1月の4.79%)に近い。
また、米政府が日米協調為替介入に応じた背景として、長期金利の上昇リスクを減らしたいという意向がある可能性が高い。
この日の日本の長期金利は日銀の利上げ観測が高まることで上昇したが、米政府が長期金利を低下させたいと考えていることが市場で意識されたことが重要だろう。年末に向け、長期金利は低下していく可能性が高いと、筆者は予想している。
ISM製造業PMIは改善したが、実体経済とは乖離した状態が続く公算
この日は米供給管理協会(ISM)が7月ISM製造業PMIを公表した。結果は55.6で、前月の53.3から上昇し、22年5月以来の高水準となった。
市場予想を上回る好調な結果だった。
新規受注指数が前月の56.0から56.7に上昇し、雇用指数も前月の49.7から52.8に上昇した。他方、投入価格指数は前月の73.0から71.1に低下した。いずれも景気にポジティブな内容だったと言える。
もっとも、ISM製造業景況調査委員会長のスーザン・スペンス氏は「7月のコメントでは38%が前向き、62%が否定的だった」(筆者訳。以下同)とし、「否定的コメントのうち、価格変動が57%、イラン戦争が43%、リードタイムの長期化が22%、関税が18%で言及された」と説明した。
具体的には、「金属市場には正常化の兆しが全くない。今の状況よりも管理しやすかった新型コロナ禍の混乱が懐かしく思えるほどだ。少なくとも事業環境は改善しているが、その構成要素はそうではない。アルミ価格の急落は状況をさらに複雑にするだろう。供給水準のため、価格下落が全面的に浸透しないからだ。それを顧客に理解してもらうのは必ずしも容易ではない」(一次金属)といったコメントがあった。
足元のPMIの上昇は、関税ショックやイラン情勢の悪化といった最悪の状況からの改善を示しているだけなのだろう。
また、コロナ後のISM指数は少なくとも実質GDP成長率との連動性がかなり薄れている。
企業のセンチメント指標であるISM指数は、①コロナ後の大幅インフレ、②FRBによる大幅利上げ、③関税ショック、④イラン情勢の悪化、といった悪材料をマイナス方向に捉えてきた。
しかし、企業の不安とは裏腹に、①~②の局面ではインフレ懸念と金利上昇の影響で行き場を失った投資資金がハイテク関連株に集中し、株式市場は堅調な推移になった。
その結果、資産効果によって個人消費が刺激され、実体経済は堅調だった。③~④の局面でも、AI・半導体関連株が選好され、やはり個人消費が米国の成長率を押し上げた。インフレ懸念が強い状況では、債券が安全資産にならないことから、企業のセンチメントが悪くても株価が上がる可能性がある。そして、株価の上昇が資産効果や企業の投資増を促し、実体経済も押し上げられる。
結果的に、ISM指数が実体経済の先行指標として機能しない。少なくとも、インフレ懸念が落ち着くまでは、このような傾向が続くだろう。
(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)