(ブルームバーグ):戦争や関税を巡る対立、根強いインフレなど終わりの見えない不確実性が続く中、投資家は今年翻弄されてきた。そこへ新たなリスクが加わった。米連邦準備制度理事会(FRB)が自らの考えを市場に示そうとしないことだ。
そのリスクは、ウォーシュFRB議長が7月29日の記者会見で、根強いインフレへの対応として追加利上げを実施するかどうか、また実施する場合の時期について何ら手掛かりを示さなかったことで鮮明になった。
とりわけ異例だったのは、連邦公開市場委員会(FOMC)メンバー12人のうち3人が利上げを主張して政策金利据え置きに反対票を投じていたにもかかわらず、具体的なガイダンスを示さなかった点だ。FOMCの決定は通常、全会一致あるいはそれに近い形でまとまることが多い。
市場では明らかに動揺が広がり、29日の引け前1時間に相場が大きく乱高下した。S&P500種株価指数はFOMCの政策発表日としては2024年12月以来の大幅安を記録。米10年債利回りは2025年1月以来の高水準に上昇した。市場の不安心理を示すCboeボラティリティー指数(VIX)は20を上回り、市場で警戒感が高まっていることを示した。
エンパワーのチーフ投資ストラテジスト、マルタ・ノートン氏は「記者会見があれほどひどい内容になるとは、本当に驚いた」と述べた。

ウォール街では、ウォーシュFRB議長の対応に厳しい評価が相次いだ。FRBのフォワードガイダンスは市場参加者に当局の考え方を示すことで、市場の変動を抑える役割を果たしてきたとの指摘が聞かれた。
コーペイのチーフマーケットストラテジスト、カール・シャモッタ氏は、投資家はFRBがインフレ対応で後手に回るリスクを織り込むため「より高い不確実性プレミアム」を求めるようになるとの見方を示した。
「『愚かな政策運営に対するリスクプレミアム』と呼ぶ人もいるかもしれないが、私からは何ともコメントできない」と同氏は顧客向けリポートに皮肉を込めて記した。
インテグリティ・アセット・マネジメントのポートフォリオマネジャー、ジョー・ギルバート氏は「市場にはこれまでFRBのフォワードガイダンスという拠り所があったが、それを失ったまま複数の要因を織り込まざるを得なくなっている」という。
一方、ウォーシュ議長は逆のアプローチを取っている。市場の動きを政策判断の手掛かりとする考えだ。議長自身の言葉を借りれば、投資家は「審判ではなく、ボールを見てプレーすることを学んでいる」。
投資家によると、スポーツに例えたウォーシュ氏の説明には問題がある。株価を左右するマクロ経済要因の変動が一段と激しくなっており、単に「ボールを見てプレーする」ことが極めて難しくなっているためだ。
例えば、トランプ米大統領が関税障壁の再構築を進める一方、イランとの戦争は原油価格やインフレ期待を大きく変動させている。こうした状況で、FRBは短期金利の調整を通じて経済に対応する重要な役割を担っている。それにもかかわらず、政策運営の方向性について手掛かりを示さないことで、既に不安定な市場のリスクを一段と高めると受け止められている。
「FRBは単なる審判ではなく、試合を左右するプレーヤーでもある」とエンパワーのノートン氏は話した。
こうした市場のボラティリティーは週末にかけての相場で一段と際立った。
S&P500種は29日午後に急落した後、30日と31日午前には反発した。しかし、その後は一転してマイナス圏に沈んだものの、再び切り返し、上昇して取引を終えた。
こうした値動きを主導したのは、今年の相場をけん引してきた半導体株だった。フィラデルフィア半導体株指数(SOX)は29日に5.3%下落した後、30日には8.2%急騰し、2025年4月以来の大幅な上昇率を記録した。31日の取引開始直後にはさらに5%上昇したが、その後は上げ幅を失って1時間足らずでマイナス圏に転落。最終的には小幅高で取引を終えた。

株式市場は歴史的に、新たに就任したFRB議長の手腕を試してきた。しかしエンパワーのノートン氏は、ウォーシュ議長の29日の記者会見は市場との対話という点で不十分だったとし、次回のFOMC会合や8月末のジャクソンホール会議も株式市場にとって値動きの激しい1日となる可能性が高いと予想する。こうした見方を示しているのは同氏だけではない。
シティグループ・グローバル・マーケッツの米国株トレーディング戦略責任者スチュアート・カイザー氏は、投資家は「不確実性に慣れる必要がある」と30日の顧客向けリポートで指摘した。
さらに、「今後を見据えると、FRBによるガイダンスが減れば、こうした状況はより頻繁に起こるようになる可能性が高い」とし、今後のFOMC会合を巡る不確実性やボラティリティーを取引する手段として、ラッセル2000指数のオプションが「最善の方法」だと投資家に勧めた。
9月の次回FOMC会合に向けて、市場は31日午後時点で利上げが実施される確率を65%織り込んでいた。利上げの可能性に加え、それを巡る不確実性も株式相場の重しとなる公算が大きい。
インテグリティ・アセットのギルバート氏は、「地政学的な観点では、原油価格と金利はこれまでよりも高いレンジで推移し、株式のバリュエーションは切り下がるだろう」と述べた。
金融政策を巡る不確実性に伴うもう一つの問題は、債券利回りの上昇によって、最近は過去最低水準まで低下していた資産クラス間の相関が急速に高まることだ。
ニューエッジ・ウェルスのポートフォリオ戦略責任者、ブライアン・ニック氏は「2022年のように資産クラス間の相関が急上昇する展開に陥るリスクがある」と警告した。
2022年には、インフレの急加速を抑えるためFRBが積極的な利上げを進めた結果、米国株は深刻な弱気相場に陥った。S&P500種は1月の高値から10月の安値まで約25%下落し、年間では19.4%安と、2008年の世界金融危機以来の大幅な下落率を記録した。
ウォーシュ議長が従来と同じような透明性をもって政策運営に臨もうとしない中、市場が直面するリスクは一段と鮮明になっている。そのため、債券市場と株式市場の投資家は、今後の金利の道筋を見極めようと、ウォーシュ議長の発言を一言一句読み解くことになる。
エンパワーのノートン氏は、「議長がマイクの前に立つたびに、市場はその発言の真意を探ることになるだろう」と話す。
その上で、「ウォーシュ氏を批判するつもりはない。同氏の発言には非常に価値のあるものが多く、今後の展開にも期待している。ただ、市場が求めているのは、先日の記者会見よりももっと質の高いコミュニケーションだ」と語った。
原題:Warsh’s Silent Treatment Has S&P Traders Bracing for Wild Swings(抜粋)
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