日本政府が企業に対し成長投資の促進を求めていることについて懸念が広がっている。潤沢に保有する現金などをむやみに投資に回せば、かえって企業価値を損なうリスクがあるからだ。

強い経済を目指す高市首相

経済産業省は5月の有識者会議で、5年ぶりに改訂予定のコーポレートガバナンス(企業統治)・コードの実装版と位置付ける「成長投資ガイダンス(指針)」を公表。一定の資本効率改善で株主還元は大幅に拡大した半面、賃金上昇や成長投資は不十分で、企業と投資家が協働して価値創造に取り組むには欧米のような成長投資と規律ある資本配分が重要と指摘した。

日本の主要株価指数を史上最高値に押し上げた要因の一つは、東京証券取引所からの資本効率の改善要請や物言う株主(アクティビスト)の台頭を受け、自社株買いや増配が活発化したことだ。投資家も企業の持続的成長と中長期的な価値向上に成長投資は必要と理解するが、政府の圧力を機に過剰投資に陥り、株主還元がおろそかになれば相場の失速につながりかねない。

ジェフリーズ証券シニア・クオンツ・ストラテジストのシュリカント・カーレ氏(香港在勤)は、需要がない中で投資を行えば、株主資本利益率(ROE)を圧縮させると指摘。成長投資は企業が自発的に行うもので、政府に投資を求められることはROE向上の観点から逆効果との見方を示す。

同証が集計したセクター調整後のデータによると、研究開発や設備投資、企業の合併・買収(M&A)に関する日本企業の投資は欧米並みの水準となっている。売上高に対する設備投資額の割合は日本が7.4%、米国8%、欧州7.1%で、研究開発でも同様の傾向だという。

実際、成長分野への積極的な投資を通じて企業価値を高めている例は増えている。衛生陶器大手のTOTOは半導体事業への設備投資額が全体の半分を超える見通しで、調味料大手の味の素や非鉄金属大手のJX金属も半導体分野への投資に注力。業容拡大期待から3社の株価はそれぞれ年初来で91%、74%、123%上げ、東証株価指数(TOPIX)の19%を大きく上回る。

早稲田大学の柳良平客員教授は、上場企業は成長投資を行うべきだが、株主が期待する資本コスト以上のリターンを生む投資であるとの前提を意識しなければならないと指摘。余剰キャッシュと成長投資が皮相的に結びつけられると、「価値を生まない投資に走り、減損リスクやバリュエーション低迷のリスクが高まってしまう」と警戒する。

投資か還元かの二元論

投資家が恐れているのは政府の圧力で企業が投資と還元の二元論に陥り、「成長投資」の言葉だけが独り歩きし、違った文脈で解釈されるリスクだ。

ありあけキャピタルの田中克典代表取締役兼最高投資責任者(CIO)によると、現金が増えているのは投資機会の不足に起因しており、「国全体として成長がないから金が使えないという話」だ。規制緩和など市場メカニズムが適切に働くための政府の支援が欠かせないという。

田中氏は、投資か還元かの二元論から脱却するには「取締役会が実質的な議論をできるということが極めて重要」で、取締役会と投資家の対話で成長戦略が議論されることが求められると話す。

日本で株主還元は継続的に拡大してきた。25年度の配当金支払額は過去最高の21兆7000億円を記録、自社株買いと合わせた株主還元額は45兆円を超えた。ブルームバーグの集計データによると、上場企業の資産売却額も未完了分を含めて3兆2000億円に拡大し、08年以来の高水準となった。

ただ、自社株買いのみによる株価押し上げ効果は短期的になりがちで、アクティビストらの要求に迎合する形で還元を行う場合、長期的な企業価値向上につながる投資に回せたはずの資金を減らすことにもなりかねない。

岸田文雄元首相が会長を務める自民党の資産運用立国議員連盟も、企業には積極的な成長投資で価値を向上させ、従業員や投資家に還元する役割があり、その環境整備が必要だと政府に提言。政策サイドから成長投資の拡大圧力が強まる背景には、稼ぐ力の向上を目指したガバナンス改革から10年が過ぎても、日本企業の売上高収益率(ROS)が米企業の半分にとどまる現状がある。

大和総研の神尾篤史主席研究員は、投資と還元のバランスを検討する際には原資の生み方として保有資産を点検し、現預金や金融資産、実物資産をまず精査することが必要だとみている。政策保有株や遊休不動産などを見直し、還元と投資の考え方を示すことで市場から評価を受ける事例はあると指摘した。

日本取引所グループの山道裕己最高経営責任者(CEO)は、ガバナンス改革の論点は変わってきており、取締役会に対し事業のリスクを踏まえた資本や現預金、人的資本など経営資源の配分に関する議論と決断を求めている。足元で政策保有株や事業部門の売却が増えている点に触れ、「手に入ったキャッシュをどう使うか、どういう成長分野に割り振るかがより重要だ」と語っていた。

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