イラン情勢は「ほふく前進」的なペースで前進

5月28日の米国株式市場は、イラン情勢を巡って様々なヘッドラインが生じる中、金利低下が続いたことが追い風となり、堅調な展開だった。前日に米国がイランのドローンを撃墜したことなどが報じられ、停戦合意への不安感が高まった。しかし、アクシオスが停戦を60日間延長することに合意したと報じると、楽観的な見方が広がった。今後はトランプ大統領の最終承認を待つ必要があるという。

今のところ、市場ではイラン情勢が改善していくことをメインシナリオに置いていると言え、原油価格も徐々に低下している。株式市場は堅調さを維持しながら、長期金利は緩やかに低下している。このような状況は、トランプ政権がイランとの交渉を急ぐ必要がないという理由になる。むろん、中間選挙までには一定の結論を出したいという面はあると予想されるが、中間選挙を意識してどのような展開がトランプ政権にとって望ましいのか、考える余裕がある。市場が楽観的な見方を続ける場合、トランプ氏を焦らせるとすれば米国の労働市場の悪化懸念が強まることだろう。現在の市場環境を変えるゲームチェンジャーとなり得るのは、毎月の雇用統計だけだろうと、筆者はみている。

利上げ観測の後退が進み、債券市場の地合いは良い

5月28日の米国債券市場は、大きな材料がない中で、長期債の買い戻しとみられる動きが続いた。長期金利は前営業日差▲3.5bp、2年金利は同▲1.2bpだった。この日、原油価格は小幅に上昇したものの、債券市場の地合いは良い状態が続いている。長期金利は5月19日に4.67%まで上昇していたが、この日までに6営業日連続で低下し、4.45%まで低下した。

原油高によるインフレ懸念が和らぐ中、利上げ観測は後退している。FF金利先物市場が織り込む年内の利上げ回数は約0.60回となり、5月22日の約0.95回から低下してきた。現状では利下げ観測を生じさせる材料はないと言え、当面の金利低下余地は大きくないだろう。原油価格が一段と下落したとしても、おそらくその時には株価が上昇している可能性が高く、金利低下に歯止めがかかるだろう。

AIがインフレに与える影響という「牧歌的」議論が再開されたことの意味

足元では、利下げについてはFRB高官から否定的な意見が続いている。原油価格は落ち着いてきたとは言え、しばらくはインフレ率が高めの推移を続ける見込みである上に、最近の雇用統計は堅調である。利下げの理由を見つけることが難しい中、ウォーシュFRB議長が主張しているAIによるインフレ抑制効果の議論に注目が集まってきた。

このような状況について、まずは原油高がインフレを押し上げるという議論が下火になってきていること自体が、債券市場にとってはポジティブな方向であると、評価すべきだろう。むろん、結論は出ていないものの、今次局面では原油高がスパイラル的なインフレ高進を引き起こすという見方が少ないのだろう。そもそも、AIが経済や金融政策に与える影響というテーマは、イラン情勢が悪化する前の2月に幅広く議論されていた。このような平時における中長期的で牧歌的とも言えるテーマを議論するようになったということ自体が、市場が安定化していることの証左と言える。

現状では、ウォーシュ氏はAIによる生産性の改善が物価抑制効果に資するという立場であり、これを理由に今後のFOMCで利下げを求めていく可能性があるとみられている。しかし、足元ではこの考えを否定的に捉えているメンバーが多い。ムサレム・セントルイス地区連銀総裁は「労働市場が安定している状況において、将来の生産性向上の見通しを当てにして足元のインフレ問題を解決しようとするのはリスクが大きい」(ロイター)と説明した。クック理事が関税やイラン戦争、AI関連投資の急増が物価を押し上げているため、必要であれば利上げを行う用意があると語った(同)。グールズビー・シカゴ地区連銀総裁は、AI主導の生産性向上が広く期待されるようになれば、それ自体がインフレを押し上げかねないと論じているという(同)。ウィリアムズ・NY連銀総裁は人々が生産性上昇の加速をどこまで的確に理解できるのかについては、あまり確信が持てない様子だという(同)。

AIがインフレや中立金利に与える影響については、そう簡単に結論はでないだろうと、筆者はみている。そういった際によくあることは、誰も否定できない事象、つまりは得られたデータを補強するロジックとして後付け的に用いられるという展開である。今後、予想外にインフレ率が上昇したり、労働市場が改善したりするようなことがあれば、AIによる短期的な需要増が支配的だったという結論になるだろう。他方、インフレ率が落ち着けば、AIによる生産性の効果がコストを下げているという議論になるだろう。労働市場が悪化した場合も、AIが労働者を代替している議論につながりやすい。

筆者は、AIが実体経済に与える影響は無視できない一方で、現状ではそのインパクトは大きくないとみている(少なくとも市場の注目度と比べると小さいだろう)。そのため、AIによる影響そのものを分析するよりも、世の中の論調の変化に注目せざるを得ないという立場である。今後を展望すると、イラン情勢の悪化などがややラグを伴って年後半の労働市場を(AIとは関係なく)悪化させると、筆者はみている。その場合、インフレ懸念が急速に弱まり、利下げの議論が生じるだろう。その際、AIが労働市場に悪影響を与えているという分析が行われ、結果的にAIはディスインフレ的な効果が優勢だという認識が広まっていく可能性がある。

(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)