(ブルームバーグ):かつて東京が世界のはるか先を行っていると感じられた時代があった。筆者が2000年代に使っていた折り畳み携帯は、米国では誰に見せても驚かれた。当時の米市場には匹敵するものがない機能が詰まっていた。
しかしスマートフォンとインターネットの時代に入ると、シリコンバレーが先行した。失われた数十年の間に日本はハードウエアからソフトウエアへの転換で後れを取り、東京の優位性は損なわれた。
その東京が今、単に追いつくだけではなく、世界で最もスタートアップに優しい都市を目指すという、より野心的な取り組みに乗り出している。
この取り組みを主導するのが、東京都知事を2016年から3期務める小池百合子氏だ。元防衛相でもある小池氏は今、東京の未来を起業家に託している。
これまで日本を支えてきたのは大企業だと小池氏はインタビューで筆者に語った。若い世代の日本人はデジタルネーティブであり、よりグローバルな視野を持っているという。
都は起業家と共に、スタートアップの阻害要因を放置するのではなく、向き合って対応する方針だ。調査会社スタートアップ・ゲノムがまとめた最新エコシステム(生態系)ランキングで、ユニコーン企業8社を擁する東京は世界11位と、2023年の15位から上昇した。
東京が持つ本来の強みは、他の都市に住んでみて初めて実感する。ニューヨークで10年暮らした後、東京に戻ると、大都市では実現できないように思えていた一種のぜいたくを再発見した気分になる。時間通りに来る電車や安全な街、きちんと機能するインフラだ。小池氏は、この信頼性こそが都市の経済的魅力の大きな要素だと考えている。
異なるモデル
すでに東京は、優秀なテック人材を想像以上に引き寄せている。現代の人工知能(AI)技術の基礎理論となる論文の共著者でアルファベット傘下グーグルの元研究者ライオン・ジョーンズ氏は休暇で訪れた際に魅了され、2020年に東京へ移住したと、同氏の東京発ユニコーン企業サカナAIを支援するベンチャーキャピタルは説明している。
シリコンバレーが依然として世界最大のスタートアップ育成拠点であることは疑いない。しかし、その圧倒的な富と目に見える都市機能不全との落差は、ますます無視できなくなっている。東京は異なるモデルを提示する。起業家だけでなく、すべての人の生活をテクノロジーが改善させる場所だ。
AI革命のタイミングも東京に追い風となる可能性がある。前回のテック時代が主に消費者向けインターネットプラットフォームに報いたとすれば、次の時代は日本がすでに強みを持つ分野、すなわちロボット工学や精密な工業技術、そしてフィジカルAIと呼ばれる新領域の価値を高めるかもしれない。
日本には世界有数のロボット供給企業が集積している。アマゾン・ドット・コムとマイクロソフト、グーグルは日本のデータセンターインフラに数百億ドル規模を投じている。
円安は調達や現地採用のコストを相対的に押し下げる。さらに台湾積体電路製造(TSMC)の九州進出や、政府主導で国産2ナノメートル半導体の製造を北海道で目指す取り組みなど、先端半導体でも存在感を取り戻しつつある。
AIを巡る日本の状況には矛盾もある。人口減少と人手不足により自動化が脅威ではなく必要と受け止められているためか、日本人は世界で最もAIへの不安が小さいとされる一方、導入の進展は遅い。
長年の生産性課題の解決やスタートアップのグローバル展開の支援という点で、AIがこれほど適している国は多くない。
同僚コラムニストのリーディー・ガロウド氏が指摘するように、日本は英語力の指標で123カ国中96位にとどまり、海外進出を目指す国内起業家や外国人創業者にとって摩擦となっている。
AIはこの障壁を低減する点で特に有効だ。また、ハードウエアに強みがある一方でソフトウエアに弱いとされてきた日本において、コーディング支援にも役立つ。
多くの国が起業支援を掲げるが、東京都は具体的な数値目標を伴わせている。スタートアップと官民連携、ユニコーン企業の数を10倍に増やすことを目標に掲げた。東京都主催の「スシテック(Sushi Tech)」は今年、4回目を迎え、アジア有数のスタートアップイベントに成長した。
追い風
もっとも、こうした野心的な目標設定だけで十分かどうかを疑問視する声にも一理ある。日本は依然として官僚主義や規制の多さで知られる。その多くは国の管轄だが、小池氏は東京をスピードのモデルにしたいと語る。イノベーションの進展は極めて速く、都市レベルのリーダーの方が国よりもそのペースについていける場合が多いとの主張だ。
資金面も弱点の一つだ。AI企業への資金供給では日本は他国に出遅れている。ただし地政学が追い風となる可能性がある。米国の同盟国である日本は、中国に対する不確実性や制約が高まる中で、投資家にとってより参入しやすい投資先となり得る。
東京都が重視すべきは、目立つスタートアップを幾つか生み出すことではなく、エコシステムの構築だという点は妥当だ。ただし、より難しい課題は、スタートアップの成長をどう支援するかにある。
そのためには経験豊富な経営人材の育成が不可欠であり、中堅人材が大企業を離れてスタートアップに移ることをキャリアの終わりと見なさないような仕組みも求められる。若手と経験者双方の人材供給の仕組みを整えれば、起業基盤はより厚みを増す。
起業を抑制している要因として、リスク回避的な日本の風潮を挙げる声もある。ただし海外投資家は、日本人が皆同じスタンスではないことを認識する必要がある。例えば、ソフトバンクグループの孫正義氏は、大きなリスクを取ることで知られる。
小池氏は行政業務での効率化など、AIをすでに広く活用していると述べた。都は下水道や老朽インフラ、防災などにもAIを用いている。AIを目新しい見世物ではなく、日常生活を実際に改善する道具として捉える点で、より説得力のあるビジョンだ。
そして、そこにこそ東京にとって最大のチャンスがあるのかもしれない。AIが都のスタートアップ戦略を急加速できれば、現実の課題解決を中心に据えたエコシステムで世界をリードできる可能性がある。シリコンバレーがAIで利益を生み出したのだとすれば、東京はそれを社会のために役立てられるかもしれない。
(キャサリン・トーベック氏はアジアのテクノロジー分野を担当するブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。CNNとABCニュースの記者としてもテクノロジーを担当しました。このコラムの内容は個人の意見で、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの見解を反映するものではありません)
原題:Why Tokyo Is Built for the AI Era: Catherine Thorbecke(抜粋)
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