中国の人工知能(AI)スタートアップ、DeepSeek(ディープシーク)は、国際的影響力が非常に大きいにもかかわらず、あまり情報を発信しない。長い「提言」マニフェストを発表したり、国際会議で幹部を前面に出したりしない。梁文鋒最高経営責任者(CEO)が最後に公の場に姿を見せたのは、2月の習近平国家主席との会談時だった。それ以来、同社は主要な業界会合のほとんどを欠席している。

それだけに、杭州を拠点とする同社の研究者が表舞台に立ち、AIの「危険な」社会的影響に警鐘を鳴らしたことは、耳を傾けるに値する。中国政府が長年葬り去ろうとしてきた話題に踏み込むなら、なおさらだ。

香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポストの報道によれば、上級研究員のチェン・デリ氏は先週の世界インターネット会議で、自動化が大半の仕事を消滅させ深刻な労働市場危機が到来し、「社会の根幹が揺らぐ」と警告。同氏は今はまだ「蜜月期」だと述べた上で、AI企業自身が最初に消える職種を公に知らせる「内部告発者」としての役割を果たすべきだと呼びかけた。

欧米諸国では以前から、AIがエントリーレベルのホワイトカラー職を中心に「ジョブポカリプス(雇用消滅)」をもたらすとの懸念が指摘されてきた。だが中国では、新卒者を中心とする雇用危機が既に現実のものとなっている。

数年前から、若年層の就職難を背景に、出勤を装う行為や、高学歴にふさわしくない仕事に就くより親元にとどまる「専業子供」といった社会現象も生まれている。こうした状況で新たな衝撃が加われば、脆弱(ぜいじゃく)な経済成長をさらに危うくしかねない。

新型コロナウイルス禍以降、中国の若年層失業率は高止まりしている。2023年半ばに一時21.3%と過去最高を記録すると、中国国家統計局は同指標の公表を一時停止。数カ月後に新たな算定方法で再開したが、8月には18.9%に上昇し、9月も17.7%にとどまった。

国民の不満

もっとも、この公式統計が実態をどこまで反映しているかは不明だ。4月には、中国核工業集団(CNNC)が1730人の採用に対し約120万件の応募があったと発表し、意図せずSNS上で炎上した。また、政府が発表した外国人向けKビザ(査証)制度(米国のH-1Bに相当)にも、外国人材優遇との批判が噴出した。 記録的な数の学卒者が労働市場に流入する中で、こうした事例は雇用の不安定さを浮き彫りにしている。

ディープシークの異例の警鐘が注目を集めたのは、社会の安定と経済的正当性が密接に結びついている中国において、AIによる雇用崩壊が極めて政治的な問題となるためだ。中国政府は自国の技術革新モデルが広範な繁栄をもたらし得ることを証明しようと試みる中で、この問題にどう対応するか注目される。

「AIプラス」構想と消費喚起の矛盾

中国政府がAIを推進する背景には、少子高齢化による将来的な労働力不足への対応がある。「AIプラス」構想の下、新たな成長の促進を目指す政府は、AIを電子商取引や娯楽、家電などの分野に広く導入し、消費喚起を図ることを柱の一つとしている。

しかし、中国政府は安定した労働市場なくして国内消費の持続的拡大は不可能だと認識する必要がある。ディープシークのチェン氏は「AI革命が成功した証しは、人間の仕事の大半を代替することだと言っても過言ではない」と指摘する。つまり、AIによる消費喚起を目指す中国政府の目標は、始動前に崩壊することを意味しかねない。政策当局者は自動化で雇用危機が深刻化する前に、緊急にこの問題を優先課題とすべきだ。

テック企業にも責任

中国の大手テック企業にも責任がある。配送ドライバーの賃金削減や中小EC業者への圧迫を続けながらAIによる繁栄を約束するのは難しい。実体経済でコスト削減を図りながら、AI投資に多額を注ぎ込むことは、国民の不満をさらに深めるだけだ。

米スタンフォード大学が発表した「2025年AIインデックス報告書」によれば、中国の国民はAIに対して世界で最も楽観的だ。だがそうした好意は永遠には続かない。蜜月期が終われば、国民の信頼は急速に逆転する可能性があり、それに伴いAI導入競争で勝利する政府の野心的計画も頓挫しかねない。

習主席が若年層の失業者に対して「苦に耐えよ」と助言したことは、既に反発を招いた。歴史的にも、失業の増大は社会不安の高まりと連動してきた。中国でも、抗議活動は今年、増加傾向にある。

中国政府は雇用の創出と上昇志向の希望を原動力に経済的な奇跡を起こした。その逆をもたらすようなAI革命を中国は許容できない。

(キャサリン・トーベック氏はアジアのテクノロジー分野を担当するブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。CNNとABCニュースの記者としてもテクノロジー担当しました。このコラムの内容は、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:DeepSeek Is Warning of a Jobpocalypse: Catherine Thorbecke(抜粋)

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