トランプ米大統領が同盟国、敵対国問わず1対1の取引にこだわる姿勢は、自ら誇るディール術の象徴だった。だが、対中貿易の休戦合意が崩壊寸前の様相を呈する中で、このアプローチの脆弱(ぜいじゃく)さが浮き彫りになっている。

中国商務省は米東部時間8日夜、レアアース(希土類)に関する輸出規制を強化する方針を示した。これらの資源は米国の防衛産業や先端技術分野で不可欠とされており、関連業界には衝撃が走ったものの、市場全体には当初大きな反応は見られなかった。

状況が一変したのは、トランプ氏が10日午前11時ごろ、SNS「トゥルース・ソーシャル」に500語近い投稿を行い、中国製品に対して「大幅な関税引き上げ」を警告してからだ。これを受けて米主要株価指数は急落した。

さらに数時間後、トランプ氏は11月1日から中国に対して100%の追加関税を課す方針を表明した。これは、両国が今年これより先に事実上のデカップリング(切り離し)につながると警告していた関税率に近い水準だ。重要ソフトウエアに対中輸出規制を導入する方針も明らかにした。

世界第1、2位の経済大国による突然かつ予想外の応酬は、韓国で予定されているトランプ大統領と中国の習近平国家主席の重要な会談を数週間後に控えたタイミングで起きた。両国はこの場で包括的な貿易合意の詳細を詰める見通しだった。

交渉の主なテーマは輸出規制だ。米国が中国に対して既に実施している半導体や人工知能(AI)チップの輸出制限と、中国が米国に対して規制しているレアアースや高性能磁石などの重要鉱物の輸出が、互いに大きな交渉カードとなっている。

外交問題評議会(CFR)で地政経済を専門とするジョン・ヒルマン上級研究員は、「中国は今年、輸出規制によって影響力を行使できると実感した。今回の協議でも、自国に有利な形に持ち込もうとするのは当然だ」と指摘。「中国が再びこの手段を使えば、どのような合意も常にリスクにさらされる」と警鐘を鳴らした。

そして、中国はそうした。

トランプ氏は5月、中国と90日間の貿易休戦に合意し、4月の「解放の日」演説で示唆していた新たな関税や輸出規制の実施を一時棚上げした。この措置により、一時は米国による対中関税が最大145%に達した報復合戦が落ち着き、世界市場も沈静化した。

中国も同様に、レアアースや高性能磁石といった重要鉱物の輸出禁止措置を一時的に解除することで応じていた。だが、数カ月が経過する中で、中国が事実上、米国産大豆の輸入を停止しているとの不満の声が農業地帯を地盤とするトランプ氏の支持者から上がり始めた。トランプ氏は中国が買わないのは「交渉上の戦術」だとしている。ホワイトハウスは農家向けの支援策を準備中だとしているが、具体的な内容はまだ発表されていない。

それでも、この期間は比較的落ち着いた「休戦状態」となっていた。だが、その均衡は今週、中国が輸出規制の強化を発表したことで崩れ去った。6カ月前と同様、米中両国は再び貿易戦争の瀬戸際に立たされている。

これは、トランプ氏が進めてきた数々の2国間貿易交渉が抱える不安定な現実を象徴している。トランプ氏が中国、ロシアのプーチン大統領、インドなどと「合意に至った」「延期した」と発表すれば、米国や世界の市場は好感して反応する。だが、その後にトランプ氏や相手国が約束をほごにするような言動を取れば、同じだけの衝撃が市場に跳ね返り、合意の先行きは再び不透明になるのが常だ。

アジア・ソサエティー政策研究所のウェンディ・カトラー上級副所長は11日、リンクトインへの投稿で、「米国が現在対峙(たいじ)しているのは、トランプ政権1期目の『第1段階』の貿易合意の頃とは異なり、米国への依存度が低く、自信を持ち、準備の整った強硬な中国政府だ」と指摘。「過去24時間の出来事で、もはやあの頃とは違うということが明白になった」と述べた。

10日の米株式相場は6カ月ぶりの大幅安に見舞われ、恐怖指数として知られるシカゴ・オプション取引所(CBOE)のボラティリティー指数(VIX)は4月以来の高水準に達した。米中間の輸出規制交渉の渦中にある世界最大の公開企業エヌビディアの株価は5%近く下落した。これら全てが、トランプ大統領のソーシャルメディア上の1件の投稿を受けた反応だった。

ブルー・クリーク・キャピタルのリサーチ責任者、ダン・ホワイト氏は「われわれは株式市場に対して非常に慎重な姿勢を取ってきた。市場のセンチメントは楽観的だったが、実際には多くのリスクと不確実性が潜んでおり、今回の急落は多くの投資家にとって注意喚起になった」と語った。

前出のカトラー氏は、米通商代表部(USTR)で数十年にわたり通商交渉に携わってきた経験を踏まえ、米国は立場の弱い小国との2国間交渉には比較的うまく対応できるが、中国のような大国に対しては、集団的な対応の方が効果的だとの見解も示した。

トランプ大統領は今回の対立激化を受け、韓国での習主席との会談を見送る可能性にも言及した。ただ専門家の間では、中国側の発表とそれに対するトランプ氏の反応はいずれも、実際の会談を見据えた交渉の一環との見方が強い。

とはいえ、タカ派やトランプ政権の元高官らを含め、多くの関係者の間で懸念されているのは、中国がこれまで以上に優位な立場にあるという現実だ。

トランプ政権1期目で商務省の高官を務め、現在はワイリー・レイン法律事務所のパートナーであるナザク・ニカフター氏は「中国国内メディアの間では、中国が主導権を握り、それを行使して米国の製造業、特に半導体、AI、防衛関連分野を大きく弱体化させているという認識が共有されている」と指摘する。同氏はこれらの産業のクライアントを支援している。

さらに「口約束だけになると、まさにゲーム理論の世界となる。つまり、合意を破った時に相手がどう対応するかを見極めようとする。そして、強く出られないと見透かされれば、その合意は守られない」と話した。

原題:Trump’s Dealmaking Diplomacy Grows Fragile as China Fires Back(抜粋)

--取材協力:Brendan Murray、Natalia Drozdiak、Eric Martin.

もっと読むにはこちら bloomberg.co.jp

©2025 Bloomberg L.P.