(ブルームバーグ):物価変動を反映させた実質賃金は8月に、8カ月連続のマイナスとなった。賞与の押し上げ効果が剥落し、名目賃金の伸びが鈍化した。所得改善の実感が乏しい中、政府に対し物価高への早急な対応を求める声が強まる可能性がある。
厚生労働省が8日発表した毎月勤労統計調査(速報)によると、持ち家の帰属家賃を除く消費者物価指数(CPI)で算出した実質賃金は前年同月比1.4%減。マイナス幅は市場予想(0.5%減)より大きかった。CPI総合で算出したベースでは1.2%減と、2カ月ぶりに減少に転じた。
名目賃金に相当する1人当たりの現金給与総額は1.5%増と前月から鈍化した。賞与など特別に支払われた給与は10.5%減で、3カ月ぶりにマイナスに転じた。厚労省によると、8月も少数ながら賞与を支給する事業所があるが、その割合が昨年と比べ低下したことが影響した。
食料品を中心とする物価上昇に賃金の伸びが追いつかない状況が続いている。物価高対策が争点となった自民党総裁選に勝利した高市早苗氏は、4日の就任会見で賃上げに注力する考えを強調した。日本銀行が利上げで金融緩和度合いを調整する方針を維持する中、賃金上昇の持続性とともに実質賃金のプラス転換・定着が焦点となる。
みずほ証券の片木亮介マーケットエコノミストは、名目賃金はならすと「2%台半ばが実力」と指摘。先行きはコメなど食料価格の伸びが鈍化していく中でインフレが落ち着いてくるため、実質賃金はプラス転換に向けて動いていくとみているが、この程度の名目賃金の伸びが続くなら「一進一退というイメージ」と語った。

高市氏は会見で、コストプッシュ型インフレの状態で放置して「もうデフレではなくなったと安心するのは早い」と指摘。賃金上昇主導で需要が増え、緩やかに物価が上昇していくデマンドプル型が「ベスト」だと述べた。中小企業などで現行の賃上げ促進税制を活用できない赤字企業への手当てを急ぐ必要性にも言及した。
日銀の植田和男総裁は3日の講演で、高水準の企業収益がある程度バッファーとなり、「賃金と物価が相互に参照しながら緩やかに上昇していくメカニズムは基本的に維持される」との見通しを示した。一方、海外経済や各国通商政策の不透明な状況が続けば、物価上昇を賃金に反映させる企業の動きが弱まる可能性があるとみている。
大和証券の末広徹チーフエコノミストは、今回のデータは、名目や実質での伸び悩みに加え、労働時間も減少するなど経済の力強さに欠ける印象で、「緩和的な金融環境が必要」という高市氏の主張を裏付ける材料になると指摘。これは日銀が利上げをどんどん積極的に進める可能性が低いことを示唆していると分析した。
8日の東京外国為替市場の円相場は対ドルで一時152円45銭に下落し、約8カ月ぶり安値を更新した。高市氏の緩和的な財政・金融政策スタンスをにらんだ円売りが継続。賃金統計が弱めの内容だったことも円の重しになっている。
所定内給与
基本給に相当する所定内給与は8月に2.1%増、一般労働者(パートタイム労働者以外)では2.5%増だった。いずれも今年の高い水準を維持している。
連合は例年10月中旬に「春季生活闘争基本構想」を公表し、賃上げの目安など翌年の春闘に向けた基本方針を示す。2025年の春闘の平均賃上げ率は5.25%で、目標とした「5%以上」を達成。毎月の基本給を引き上げるベースアップ(ベア)は3.70%と目標の「3%以上」をクリアした。
春闘の結果や物価高などを背景に賃金底上げの動きは続いている。厚労省が9月に発表した47都道府県の答申状況によると、最低賃金の全国平均は時給1121円。引き上げ額は過去最大の66円で、最低賃金は初めて全ての都道府県で1000円を超える。10月から来年3月にかけて順次適用される。
他のポイント
- エコノミストが賃金の基調を把握する上で注目するサンプル替えの影響を受けにくい共通事業所ベースでは、名目賃金は1.9%増-前月3.1%増
- 所定内給与は、全体が2.3%増、一般労働者で2.4%増
- 実質賃金の算出に用いる消費者物価指数は、持ち家の帰属家賃を除くCPIが3.1%上昇、総合は2.7%上昇
(エコノミストコメントとチャートを追加して更新しました)
--取材協力:藤岡徹、山中英典.もっと読むにはこちら bloomberg.co.jp
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