高市早苗前経済安全保障担当相が女性初の自民党総裁に就任した。積極財政と伝統的な国家観を重視する姿勢で知られる。「鉄の女」と呼ばれたサッチャー元英首相を敬愛しており、保守色の強い同氏の下で党再生を図る。

国会で首相に選出されれば日本史上初の女性首相となる。高市氏の勝利は女性の地位向上を妨げてきた「ガラスの天井」に風穴を開け、日本の政治に新たな一歩を刻んだ。ただ、本人は選択的夫婦別姓の導入に反対するなどジェンダー平等を推進する立場とは一線を画している。

自民党総裁に選出された高市早苗氏(10月4日)

総裁選出直後のあいさつでは「全員に馬車馬のように働いていただく。自身もワークライフバランスという言葉を捨てる。働いて働いて働いて働いて、働いて、参ります」と意気込みを語った。

就任直後から、物価高対策とインフレが進む中での経済財政運営、連立拡大を含めた野党との連携強化、10月下旬の訪日も報じられているトランプ米大統領との信頼関係構築など、多くの課題に対する手腕が早速問われることになる。

「日本経済は成長できます。私は成長させます」。高市氏は9月19日に行った総裁選出馬表明の記者会見で、経済安全保障に不可欠な人工知能(AI)や半導体などの分野に大胆な投資を行い、経済成長を実現する考えを鮮明にした。

推薦人を務めた中村裕之衆院議員は総裁選期間中、高市氏の経済成長を志向する姿勢に支持が集まっていると指摘。「霞が関の代弁者でなく、国民のための政治を一番やってくれる人だろうという期待感」があると話していた。

安倍後継者

高市氏は64歳。初めて挑戦した2021年の総裁選では、安倍晋三元首相が「女性初の総理大臣、いいじゃないか」と支援。「アベノミクス」の流れを引き継ぎ、金融緩和に加えて緊急時の機動的な財政出動、大胆な危機管理投資・成長投資で物価目標2%の実現を目指す「サナエノミクス」を掲げた。

22年に安倍氏が他界した後、政治資金規正法違反事件が旧安倍派を直撃。無派閥だった高市氏は、24年の総裁選で安倍氏の後継者的存在として保守層の支持を集めた。党員票では最多を獲得したものの、国会議員票の比重が高まる決選投票で石破茂氏に敗れた。

今回の結果は、7月の参院選での大敗によって自民党内に生じた強い危機感が背景にある。高市氏を「自民党の顔」とすることで参政党などに流れた保守票の一部を引き戻す意向が働いたとみられる。

元同党職員で政治評論家の田村重信氏は、「党員票によって国会議員の投票行動が左右された」と指摘。高市氏が自民党から離れた層を引き戻すことを「期待されているところは非常に大きい」とし、外国人政策の見直しや憲法改正への取り組みを通じて支持を回復できるかどうかが「一番大きなポイントだ」と述べた。

また、総裁の任期がまで2年残っており、衆院選は3年後、参院選も3年後であるため「長期政権になり得る可能性がある」との見方も示した。

靖国参拝

総裁選では自らを「穏健保守」と位置付け、右寄りのイメージ払しょくに努めた。特に首相に就任した場合の靖国神社参拝に関しては、「心静かに適宜適切に判断する」と9月24日の討論会で述べるなど、続行を明言した昨年とは違う対応を見せた。

同神社に合祀(ごうし)されている極東国際軍事裁判(東京裁判)のA級戦犯の扱いに関し、刑を執行されれば罪人ではないと27日収録のインターネット番組で指摘。首相就任後も参拝の機会をうかがうとみられるが、参拝すれば中国や韓国からの反発は必至で、日中・日韓関係にマイナスの影響を及ぼしかねない。

バイク、ヘビメタ 

父はメーカー、母は奈良県警に務める共働き家庭で育った。非世襲の自民総裁は菅義偉元首相以来となる。県立高校を卒業後、神戸大学経営学部で学んだ。

男女雇用機会均等法施行前の昭和後期。短期大学に進学して就職し、早い時期に結婚相手を見つけてほしいと願う両親から短大以外はお金を出さないと言われ、アルバイトで学費を工面した。

大学在学中はバイクに乗り、ヘビーメタルバンドでドラムを担当した。ブラック・サバスやアイアン・メイデン、ディープ・パープルのファンで、今でも夫との口論の後に自宅の電子ドラムをたたくこともあるという。

大学卒業後は未来のリーダー育成を目的とした「松下政経塾」に入塾し、政治の道を志す。1993年の衆院選に無所属で出馬し初当選。2006年に安倍政権で内閣府特命担当相として初入閣し、第2次安倍政権以降は総務相、自民党政調会長などの要職を歴任した。

熱心な勉強家として知られ、幅広い政策分野に精通している。かつては飲み会よりも勉強を優先していたが、決選投票で敗れた昨年の総裁選以降は苦手な飲み会にも参加する努力をしたと、19日の出馬会見で記者の質問に答えた。

高市氏を支持した西田昌司参院議員は、各分野の細かい点まで「専門家以上にものすごく勉強されている」と高く評価した。一方で、首相就任後もそうした姿勢を貫けば「体がもたない」とし、「個別の問題はそれぞれ役所や大臣に任せた方が、安定して政権を維持できる」と気遣う発言もあった。

--取材協力:梅川崇.

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