9月18日。花岡事件の遺族たち約100人が中国・天津市の烈士陵園に集まった。花岡事件とは終戦間際の1945年6月30日、労働力不足を補うため秋田県花岡町(現 大館市)に強制連行され、鉱山などで働かされていた中国人労働者約1000人が過酷な労働環境や暴力に耐えかねて蜂起したもので400人以上が死亡したとされる。

「烈士陵園」にある碑には花岡事件の犠牲者のほか、日本に強制連行され命を落とした6830人の中国人の名前が刻まれている。
事件から80年となるにあたり日本の支援者や天津市の幹部も出席し、犠牲者を追悼する式典が行われた。

祖父を亡くした梁樹昌さん(63)は「復讐のためではなく、日中両国民がこの戦争が両国にもたらしたものを永遠に記憶し続けて欲しい。戦争は残酷で、人々に苦しみをもたらします。私は日中両国民の永遠の友好を願っています。二度と戦争が起こらないことを望みます」と話した。

父が花岡事件のリーダーの一人だったという王敬欣さん(70)。父は戦後なんとか帰国したが、事件について語ることはなかったという。日本人に言いたいことは、と尋ねると「この歴史を永遠に記憶し、歴史を直視してほしい。若者は歴史を忘れず、平和を大切にすべきです」。
「叔父は帰国できただけ幸運だった。帰れなかった人もたくさんいた。日本は苦しみの場だった」と話す遺族もいた。