消防士のマックス・ウォルシュ氏が煙を目にしたのは、「車両火災・中に閉じ込められている人がいる」との緊急メッセージが同氏のスマートウオッチに流れたのと、ほぼ同時だった。

ウォルシュ氏は非番だったが、1分も経たないうちにバージニア州北部の交通量の多い交差点に到着した。そこでは、電柱に衝突したテスラの「モデルY」が炎上していた。

以前にも電気自動車(EV)の火災に対応した経験のあるウォルシュ氏は、衝突後に電動ドアが作動しない恐れがあり、手動解錠装置は見つけづらく、EVが搭載するバッテリーセルはガソリンよりも激しく燃えることを理解していた。この状況では、一秒一秒が命取りとなる。

テスラ車に駆け寄ると、運転席のドアは開かなかったが、窓ガラスにひびが入っていた。ウォルシュ氏は素手でそれを叩き割り、中へと手を伸ばしたが、その際に自らもやけどを負った。

「ドアを開けようとして、『いったいどこに非常用のレバーがあるんだ?』という感じだった」とウォルシュ氏は振り返った。手動で開く装置を見つけられなかった同氏とその友人は、運転手のヴェンカテスワラ・パスマルティ氏を割った窓の間から引きずり出した。

「車内にほかに誰かいるのか」と叫ぶウォルシュ氏に、パスマルティ氏は「妻」と一言だけ発した。

助手席にいたススミタ・マディ氏はエアバッグで身動きが取れなくなり、炎は車内に侵入しようとしていた。電気系統は停止し、ドアは開かない。煙が濃くなる中、通りがかった人たちも窓を割ろうと必死に窓を叩いた。救助隊が油圧カッターを持って到着した時には、マディ氏は肺に恒久的な障害が残るほど有毒ガスを吸い込み、顔に重度のやけどを負っていた。

この2023年12月の事故について、「人が焼かれていくのを見ることほど、恐ろしいものはない」とウォルシュ氏は最近のインタビューで語った。「もし自分がドアを開けられていたら、救助隊が到着する前に2人とも助け出せていたはずだ」と悔やんだ。

テスラ「モデルY」のドアハンドル

イーロン・マスク最高経営責任者(CEO)の下、テスラは革新的なデザインと卓越したエンジニアリング、優れた安全性能によって評価を築き、時価総額1兆ドル(約147兆円)規模の企業に成長した。同社は最近X(旧ツイッター)に「愛する人にはテスラに乗せよう」と投稿している。

だが、テスラは政府認定の衝突試験で好成績を収める一方で、車体埋め込み式のドアハンドル、電気制御で手動の解除といった特徴が、乗員や救助隊を惑わせている。そのせいで事故発生直後の数分が、生死を懸けた時間との闘いになることもある。

バージニア州での事故は、この矛盾を浮き彫りにした一連の事例の一つに過ぎない。昨年11月にはカリフォルニア州でテスラの「サイバートラック」が木と壁に激突して炎上し、車内に閉じ込められた3人の学生が死亡。同月にウィスコンシン州では「モデルS」で火災が発生し、5人が死亡した。この事故では前席に遺体が集中していたことから、脱出に苦闘した可能性を示唆している。

今年春にロサンゼルスで起きたサイバートラックの事故では、乗車していた全米代表のバスケットボール選手が窓を蹴破り、通行人が脚を引っ張って救出したため一命を取り留めた。

こうした事態に、当局の対応は遅れている。中国では完全埋め込み式のドアハンドルの禁止を当局が検討していると報じられた。欧州では、事故後の救助や脱出手順を改善する段階的な措置が講じられた。

一方、米運輸省道路交通安全局(NHTSA)はブルームバーグ・ニュースに対し、本記事で取り上げた事故は把握しており、当局が記録するデータベース上でテスラのドアに関する苦情が増えていることを認めたものの、実際の対応はほとんど取っていない。

問題の一因は、衝突試験が衝撃時の生存可能性を測るよう設計され、事故後に乗員が迅速に車外へ脱出できるかどうかは問題にされていない点にある。

「テスラのエンジニアは自動化に突き進むあまり、事故後に人体に何が起きるかを見落とした」と、ヒューマンファクター・エンジニアリングを専門とするニューヨークのコンサルティング会社マウロ・ユーザビリティ・サイエンスの創設者、チャールズ・マウロ氏は指摘した。「マスク氏の発想は『走るコンピューター』だが、ドアロックの設計の欠点は見過ごされた」と語った。

ドアのデザイン

テスラは最初のモデルを設計するにあたり、従来のエンジン車とはかけ離れた、流線型のセダンをコンセプトとして求めた。2012年に登場した「モデルS」は、車体を平らにすることで空気抵抗を減らし、風切り音を低減。これは航続距離を伸ばし、エンジン音でかき消されないノイズを最小限に抑えることにも貢献した。

テスラの設計の内情を知る関係者によると、テスラ車のドアには湾曲した部分がないため、窓の上下動やドアハンドル、ロックシステムなどを駆動するモーターや電気部品のためのスペースが小さい。このため、同社のエンジニアは緊急時にドアのロックを解除する手段としてワイヤー式の解錠システムを採用した。

関係者は公に話す権限がないとして、匿名を要請した。

同様の設計はサイバートラックを含む市場に投入された全てのテスラ車に受け継がれ、サイバートラックでは部品を収納するドア内部のスペースがさらに小さいと、関係者は指摘。サイバートラックはテスラとして初めてドアハンドルを完全になくし、ドアを外側から開けるには窓枠の下の部分にあるボタンを押す必要がある。

手動解錠装置の設置場所は、モデルによって異なる。例えばモデルSでは、手動解錠用ケーブルは後部座席前方のカーペットの下にある。同社はオーナーズマニュアルに解錠装置の場所と使用方法を明記しており、ここ数年は後部座席の乗員が電源なしでもドアを開けられるようにしてきた。

だが、テスラの主力車種の一部初期モデルには後部ドアの手動解錠装置がなかったことが、マニュアルからも確認できる。具体例を挙げると、発売された2017年から23年までの「モデル3」には、後部ドアの手動解錠装置が設置されていない。また同社によれば、モデルYも20年から24年に製造された全ての車両に後部ドアの手動解錠装置が装備されているわけではない。この期間、モデルYは世界で最も売れた車種の一つに数えられていた。

「もし自分が誰かの車に乗せてもらったり、レンタカーやロボタクシーのモデルYに乗り込んだりした場合、この仕組みを知っているはずがない」と、ワシントンに拠点を置く自動車安全センターの執行役員、マイケル・ブルックス氏は語った。「宝探しゲームのような仕組みであってはならない」とも述べた。

テスラのドア開閉の問題は、モデルSの初期から存在していた。2012年9月に掲載されたニューヨーク・タイムズ紙の好意的なレビューでさえ、モデルSのドアを開けるには複数の手順が必要で、何度か試みなければならない場合があると指摘している。レビューの筆者は「テスラは時に革新への欲求が行き過ぎる」と記した。

マスク氏は2013年5月の決算説明会で、オーナーがモデルSを修理・点検に持ち込む原因となる共通の問題があるかと問われた際、ドアの不具合だと認めている。

「テスラはかなり凝ったドアハンドルを採用しており、センサーの故障がが時折発生する」とマスク氏は述べ、「ドアハンドルを引いても開かないことがあるだろう。顧客にとっては非常に不快なことだ」と続けた。

その上でマスク氏は、問題は解決したと示唆。「実質的にドアハンドルに関する事例はゼロになった」とアナリストに説明した。

しかし実際には、テスラの問題は終わりから程遠かった。同社はドアハンドルを数回設計し直し、愛好家の間で冗談の種になった。

「ご存じの通り、車がレッカー車に運ばれたり、ドアハンドルが故障して車内に入れなくなったりするまでは、本当のモデルSオーナーとは言えない」と、160万人のチャンネル登録者数を抱えるユーチューバー、リッチ・ブノワ氏は2018年に配信したよくある故障のまとめ動画で皮肉った。

マスク氏はここ数年、テスラのドアに関して公の場でほとんど発言していない。同氏や他の経営陣はブルームバーグの取材やコメント要請に応じなかった。

不具合はさておき、埋め込み式ドアハンドルは当初テスラを際立たせ、多くの競合にも採用されるようになった。

だが、テスラの模倣は各社のブランド評価を引き下げた。JDパワーの2023年版「新車品質調査」では、米国の車両1台あたりの不具合件数が過去最高を記録。JDパワーはドアハンドルを「広がりつつある問題領域」と表現した。モデル名は特定しなかったものの、この分野で最も問題の多いモデル上位10車種のうち7車種がEVだったと明らかにした。

テスラのドアに関する苦情は、NHTSAが潜在的欠陥を特定するために利用するデータベースにも多数寄せられている。ブルームバーグが確認したところ、ドアが固着する、開かない、その他の不具合に関する消費者の苦情は18年以降に140件以上あった。類似のドアを持つ他モデルとの比較は難しいが、NHTSAは問題を認識している。

NHTSAはブルームバーグに対し、本記事で取り上げられた事例を把握しており、追加データを収集して本格的な調査が妥当かを判断するためにテスラと連絡を取っていると電子メールで説明した。消費者の苦情を継続的に分析し、公衆の安全を守るためにはちゅうちょなく行動する意向を示した。

原題:Tesla’s Dangerous Door Design Can Trap People Inside(抜粋)

--取材協力:Edward Ludlow、Gabrielle Coppola.記事についてのエディターへの問い合わせ先:Craig Trudell ctrudell1@bloomberg.net

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