NCIPs(非偽造違法製品)とは何か

近年、私たちの生活に浸透しつつある新たな脅威がある―NCIPs(Non-Counterfeit Illicit Products、エヌ・シー・アイ・ピー、非偽造違法製品)である。

これは、従来の偽造品や模倣品とは異なり、商標権や特許権といった知的財産権侵害等の明確な違法行為を伴わない一方で、安全基準、環境規制、税制などの何らかの法規制に違反する、適合していない、あるいは規制の死角を突いて流通する製品を指す。

この中には、必ずしも違法とは言えないが、消費者に合法製品と誤認させるほど酷似した「ルックアライク(Look-alike)」商品も含まれる。

こうした製品は一見「合法の顔」をしているため、消費者や当局に発見されにくく、法規制の死角を巧みに突きながら拡散している。
しかも、健康、経済、環境、治安面で深刻なリスクをもたらす点で、より厄介な存在である。

その対象は、たばこ、自動車、酒、医薬品、農薬、電子機器、化粧品、鉄・アルミニウム、玩具、衣類など多岐にわたる。
知的財産を侵害していないため摘発が難しく、各国の規制を巧みに回避しながら国境を越え拡散している。

すでに世界各地で被害が報告されている。2024年、東南アジアの観光地でメタノール入りのアルコールによって、少なくとも外国人観光客6人が死亡した。

メタノールは飲用すれば失明や死に至る極めて危険な物質だが、外見は飲用アルコールと見分けがつかないため、違法業者による混入が後を絶たず、日本も例外ではない。

SNSで拡散される「美容系サプリメント」の中には、未承認の成分を含む製品が販売されており、購入した消費者が健康被害に遭うケースが増えている。

本稿では、NCIPsに関する初の国際会議に参加した筆者の視点から、この新たな脅威の実態と課題を整理し、日本および国際社会が取るべき対応の方向性を探る。

NCIPsが引き起こす4つのリスク

NCIPsは、表向きは合法に見えながらも、社会に深刻な爪痕を残す。その影響は、健康、経済、環境、治安という4つの側面でリスクが顕在化している。

(1)健康面でのリスク

NCIPsは、消費者の健康や生命を直接脅かす深刻なリスクを内包している。

前述の事例のように、未承認あるいは違法成分を含む飲食品をオンラインで入手し、摂取することで中毒や臓器障害、場合によっては死亡に至るケースも報告されている。

さらに、安全基準を満たさない自動車部品や電化製品、玩具などは、重大事故や発火、誤飲による窒息などの危険を引き起こす可能性があると指摘されている。

(2)経済面でのリスク

NCIPsは合法市場を侵食することで、法令を順守する企業を不利に追い込む。

影響は単なる売上減にとどまらず、市場シェアの喪失、ブランド価値の毀損、サプライチェーンの混乱に波及する。また、課税をすり抜けることにより政府歳入も直撃する。

たばこ分野では「Illicit Whites(イリシット・ホワイト)」が典型例である。ある国では合法に製造された製品が関税や規制を回避して密輸され、他国で違法販売されるケースである。

世界銀行によれば、不法製品によるたばこ税収の年間損失は約400~500億ドルにのぼり、世界消費量の約10%に相当する(World Bank(2019)。

(3)環境面でのリスク

NCIPsは、環境面でも甚大な被害をもたらす。

安全性が確認されていない成分を含む農薬や化学物質が流通すると、土壌や水資源の汚染、海洋や淡水生態系の破壊、さらには絶滅危惧種を含む野生生物への悪影響が広がる。

UNEP(国連環境計画)の報告では、カリブ海地域にある島国のコーヒー農園において散布された違法農薬が河川を経由して海に流出し、魚類の大量死が発生しているという事例が紹介されている。

違法農薬の使用が生態系の崩壊だけでなく漁業や観光業など地域住民の脅威となりうる。

(4)治安面でのリスク

NCIPsが一見「合法の顔」をした違法製品として静かに社会へ浸透する背後には、国境を越えて活動する高度に組織化された犯罪ネットワークが存在する。

特に、NCIPsは法の抜け穴を巧みに突き、摘発リスクを抑えながら高収益を上げる「ローリスク・ハイリターン」型ビジネスとして、犯罪組織にとって魅力的な資金源となっている。

さらに、その取引はマネーロンダリングにも利用され、消費者が意図せず違法経済に加担してしまう危険すら孕んでいる。

NCIPs対策に立ちはだかる3つの壁

NCIPsは一見「合法の顔」をした違法製品として、健康、経済、環境、治安に深刻な影響をおよぼしながら社会を侵食している。

それにもかかわらず、包括的な規制や有効な対策が進まない背景には、NCIPs特有の構造的課題がある。本章では、その対策の前進を阻む3つの「壁」を整理する。

(1)定義やデータの欠如

NCIPsについては、体系的な調査研究や信頼性の高い統計データがほとんど存在しない。

そもそもNCIPsという呼称自体、国際的に合意された正式名称ではなく、OECD(経済協力開発機構)などの会議の場で便宜的に用いられている仮称にすぎない。

加えて、購入後に違法品と判明しても消費者が自己責任を感じて通報をためらうケースもあるという。

この結果、被害が過小評価され、政策対応やデータ収集は常に後手に回るという悪循環が生じている。

(2)越境ECや自由貿易地域によるチャネルのブラックボックス化

越境EC(電子商取引)の急速な拡大と小口配送の普及により、消費者は海外から製品を容易に入手できるようになった。

しかし、その利便性は同時に、税関検査や国内規制を回避する違法な取引に悪用され、NCIPsの温床となっている。

さらに、規制が緩い自由貿易地域は、NCIPsの製造・保管・再輸出の拠点として利用され、国際的な取締りを難化させている。

さらにデジタル空間では、SNS上で合法企業のロゴや写真を無断使用して販売サイトに誘導する「偽広告」の事例が報告されている。

だが実際に届くのは商標を持たないノーブランド品である。こうした手口が越境ECや自由貿易地域と結びつくことで、NCIPsの拡散スピードと到達範囲を拡大させている。

(3)司令塔不在のガバナンス

NCIPs対策は、日本でいえば、税関、厚生労働省、経済産業省、消費者庁、環境省など複数省庁の所管にまたがる課題である。

しかし、知的財産権侵害を前提としないNCIPsは、どの機関が主導するのか明確でなく、省庁間の情報共有や連携の更なる促進が期待される。

「司令塔不在」は日本に限らず国際的に共通の課題となっている。

国際的な議論がはじまった

NCIPsの実態解明と政策対応に向け、国際社会が本格的に動き始めた。

問題提起の契機となったのが、OECDのビジネス諮問機関であるBusiness at OECD(BIAC)である。

同機関は、一見「合法の顔」をした違法製品が国際市場で急速に拡大している現状を踏まえ、NCIPsを「国際的に対処すべき優先課題」と位置づけ、国際的に対策を強化する新たな枠組みが必要であると警鐘を鳴らした。

筆者も、2025年8月に東京で開催された「OECD不法取引防止セミナー」に参加し、国際機関、各国当局、企業による議論を傍聴する機会を得た。

会合では、NCIPsに関する定義や分類の未整備、管轄機関の連携不足、そして越境ECや自由貿易地域、SNSの悪用といった構造的課題が浮き彫りになった。

印象的だったのは、企業による実例報告である。スクリーンに映し出された合法を装った商品や消費者を巧みに誘導する詐欺広告や販売手口は、単独の企業努力では対処しきれない現実を示していた。

今回、NCIPsをテーマとした初の国際会議で、各参加者が共通して強調していた対策は大きく3点に集約される。

①「知ること」―NCIPsに関する社会的認知の向上と人材育成、
②「つながること」―各国間や企業・政府・市民社会間での情報連携、
③「一緒に解決すること」―国際的に整合性ある規制枠組みの構築である。

すなわち、この新たな脅威に立ち向かうには、個別対応ではなく、国際的協調とガバナンス強化を軸とした包括的アプローチが不可欠であることが、全体を通じて明らかになった。

今後の展望

今後、OECDは東京に続き米国・欧州でもセミナーを開催する。またNCIPsに関する分析を本格化させ、2026〜2027年には、NCIPsの実態、社会的・経済的影響、そして各国が取るべき政策提言を含む包括的な調査報告書を発行する見込みだ。

まずはNCIPsの実態の把握と社会的認知の向上が急務である。
そのうえで、データに基づく国際的な政策対話を促進させると共に、越境ECやSNSといった新たなチャネルにも対応可能な体制整備が不可欠である。

NCIPsは消費者にとって違法性が見えにくいため、被害が顕在化したときには、すでに健康被害、税収減少といった深刻かつ広範な影響が社会に浸透している可能性が高い。

公正な国際経済秩序の維持の牽引役として、日本が国際議論の後塵を拝することなく、一見「合法の顔」をした違法製品に先手を打つためには、①実態・データの把握、②社会的認知の向上、③省庁間・国際間連携の強化を三位一体で推進する戦略的行動が求められる。

※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 総合調査部 マクロ環境調査G 主席研究員 白石 香織

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