(ブルームバーグ):米ベンチャーキャピタル(VC)のクライナー・パーキンスのパートナーだったバッキー・ムーア氏が同業のライトスピード・ベンチャー・パートナーズに加わった際、メディアツアーを行った。
最初にポッドキャスト「20VC」で、自身の移籍を明かし、その後は「Sourcery」で45分間の対談を行い、最後は「TBPN」に出演した。この番組では、ホテルのジムにあるダンベルの重さが十分でないという問題について長々と語った。
「これは大きな問題です。あなたたちが取り上げてくれてうれしい」と、ムーア氏はTBPNのホストたちに伝えた。これらのポッドキャストはいずれも現職またはかつてのベンチャーキャピタリストがホストを務めており、伝統的な報道機関とは無縁だ。
テクノロジー業界を対象とする新興メディアのエコシステム(生態系)の一角が、こうしたポッドキャストだ。このエコシステムは、驚くほど多様なポッドキャストやニュースレター、配信番組などで構成されている。紙の雑誌も存在する。
最近では、メディアを始めていないVCの方が珍しいかもしれない。これらのメディアの中には退屈で、持ち上げることしかしないものもあれば、本当に洞察に満ちたものもある。いずれにせよ、人々がテクノロジー業界について学ぶ方法を変えつつある。
「毎日3、4時間もテクノロジーの話を聞きたがる人がいるなんて、ちょっと信じられない。そのうち1日24時間になるかもしれない」と語るのはレッドポイント・ベンチャーズの投資家、ローガン・バートレット氏だ。週1回のポッドキャストを配信する同氏は、YouTubeの登録者数が4万7000人に上る。
企業発信の物語
今のポッドキャストブームの種がまかれたのは、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が始まった2020年だ。その年の3月、ベンチャーキャピタリストたちが「オールイン」というポッドキャストを開始し、次第にVC業界のインサイダー的な視点を発信する場となった。
やがてテクノユートピア的で右派的な政治観を色濃く反映するようになり、番組のホストたちはかつてないほどの注目と影響力を得ていく。
同じ月にはスタートアップのクラブハウスが音声配信アプリをリリース。オプラ・ウィンフリー氏ら著名人を引きつけ、VCのアンドリーセン・ホロウィッツから40億ドル(現在の為替レートで約5900億円)の評価額で出資を受けた。
クラブハウスは瞬く間にVCの人気を集めた。パンデミック期にクラブハウスに出演した際、アンドリーセン・ホロウィッツの共同創業者マーク・アンドリーセン氏は、なぜ自身でメディアを立ち上げるほど既存メディアを嫌うのかと問われた。
同氏はメディアを嫌っているわけではないと答えた上で、従来型のメディアが物語をコントロールすべきではないと考えていると述べた。アンドリーセン・ホロウィッツは21年、独自のテクノロジー系メディア「フューチャー」をスタートさせた。
クラブハウスもフューチャーもやがて勢いを失ったが、アンドリーセン氏が描いたテクノ楽観主義的なメディアのオルタナティブな世界というビジョンは今なお息づいている。
コントラリー・ベンチャーズのパートナー、カイル・ハリソン氏はメールマガジン配信サービスのサブスタックに、テクノロジー系コンテンツの急増について「当初は草の根的なコミュニケーションの試みだった」と投稿。
「やがて、語りを奪取することを目的とした分散型のスピン装置となった」とコメントした。現在のスタートアップ界には「かつて見たことがないような企業発信の物語があふれている」という。
シリコンバレーで生まれている新興メディアは「ジャーナリズム」とは言い難い。取材報道はほとんどなく、テクノロジー系インフルエンサーたちも不正の追及や制度的課題の掘り下げといった伝統的な報道機関の使命を優先してはいない。
ただ、テクノロジー業界の熱心な支持者たちは、その膨大な情報量を歓迎している。業界関係者の間では、この手の報道が健全な透明性をもたらしているという声もある。バートレット氏はVCというのは「不透明で、時に内輪的な業界だ。こうした議論が公の場でなされるのはいいことだ」と語る。
企業による物語の発信にはさまざまな形があるが、テクノロジー業界が選んだ主戦場は明らかにポッドキャストだ。
成功した番組は実際に収益をもたらしている。例えば「20VC」のホストを務めるハリー・ステビングス氏(29)は最近4億ドル規模のベンチャーファンドを始め、欧州有数のVCとなった。
ポッドキャスト重視のメディア企業ターペンタインを創業したエリック・トレンバーグ氏は、同社をアンドリーセン・ホロウィッツに売却。その後、同社のパートナーとなり、メディア関連の職種で少なくとも10人募集している。
ジョー・ローガン氏やハサン・パイカー氏のようなポッドキャスターやストリーマーが影響力を持つ今、テクノロジー系の人気ポッドキャスターたちも、自らの分野で「キングメーカー」としての立場を確立しつつある。
中でも注目されているのが、カリフォルニア在住で24歳のドワルケシュ・パテル氏だ。同氏がホストを務める「ドワルケシュ・ポッドキャスト」は、YouTubeで88万6000人、スポティファイで6万8000人のフォロワーを持つ。
これまでにメタ・プラットフォームズのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)やマイクロソフトのサティア・ナデラCEOも出演している。
こうした番組の多くが掲げる基本的な考え方は、テクノロジーの影響力が増すにつれ、業界内のニュースやうわさ話もますます面白くなるというものだ。
ライバル
特に影響力を持つ新興メディアの一つが、かつて「テクノロジー・ブラザーズ・ポッドキャスト」として知られ、現在はTBPNとして展開されている番組だ。ジョン・クーガン、ジョルディ・ヘイズ両氏がホストを務め、毎日3時間のライブ配信を行っている。
2人は当初、冗談のつもりでスーツを着たという。「業界でスーツを着ている友人や知人なんて一人もいない」とヘイズ氏は話す。だが最近では、番組にテクノロジー企業の幹部だけでなく米陸軍参謀長のようなゲストも登場するようになり、「そういう相手との対談にはスーツを着るべきだ」とクーガン氏は言う。
軽妙な語り口の2人だが、この取り組みを本気で捉えている。クーガン氏はVCのファウンダーズ・ファンドを辞めて番組に専念。今では週80時間働いているという。
TBPNは黒字で、最近より広いスタジオに移転した。2人にとってライバルは従来型の報道機関で、目指すのはCNBCやESPNのように、職場などで聴ける常時配信型のコンテンツの提供だ。
デザインソフトの米フィグマが新規株式公開(IPO)を経てニューヨーク証券取引所に上場した7月31日、2人はフィグマの幹部や投資家に同証取の取引フロアからインタビューを行った。
ヘイズ氏とクーガン氏はまだ一般的な知名度こそないが、ビジネス出張者の間ですでに熱心な支持を得ている。ヘイズ氏によれば、「ロサンゼルスとニューヨークを行き来すると、必ず誰かに声をかけられる」という。
(原文は「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」誌に掲載)
原題:Venture Capital’s Obsession With Podcasts Transforms Tech Media (2)(抜粋)
もっと読むにはこちら bloomberg.co.jp
©2025 Bloomberg L.P.