香港ドルは、米ドルとのペッグ制が採用された1983年以降、普段は安定している通貨と受け止められてきた。しかし、トランプ米大統領の貿易戦争による不確実性で米ドルの変動が大きくなる中、今年は激しい変動にさらされている。

香港金融管理局(HKMA、中央銀行に相当)はここ数カ月、香港ドルが許容変動幅から逸脱しないよう売りと買い双方の介入を実施している。こうした動きを受けて、ペッグ制は持続可能なのか、香港が抱える他の経済的な優先事項と整合するのか、議論が巻き起こっている。

香港の500ドル、100ドル、20ドル紙幣

ペッグ制の仕組みは?

中央銀行の役割を事実上担うHKMAは、香港ドルを1米ドル=7.75-7.85香港ドルの範囲内に抑える義務を負っている。現行の許容変動幅は2005年に設定され、それ以来変わらずに維持されている。

例えば、1米ドル=7.85香港ドルに達するか、それを超えて香港ドル安が進んだ場合、外貨準備を使って商業銀行から香港ドルを買い入れ、市中の供給量を減らす。これによって金利は上昇し、投機筋による香港ドル売りのコストは押し上げられる。

逆に、1米ドル=7.75香港ドルを付けるか、それよりさらに香港ドル高が進んだ場合、香港ドルを売って市場に流動性を供給し、金利に押し下げ圧力を加える。

HKMAは2日、通貨ペッグ防衛のために200億2000万香港ドル(約3700億円)相当の香港ドル買いを実施。1週間ほど前に実施した94億2000万香港ドルの2倍強の額だ。これによって通常のレンジ内に収まったが、わずか1日で7.85香港ドル近辺に戻っている。

ペッグ制の利点は?

ペッグ制は、金融システムの安定を支えるうえで最も重要な柱だ。貿易と物流が中核を担う香港経済には通貨の安定が不可欠。投資家は通貨が比較的安全で容易に交換可能なことを理由に香港に資金を預けており、それが国際金融センターの地位を築いた理由の1つとなっている。ペッグ制が廃止されると土台が揺らぐ可能性がある。

香港ドルの変動要因は?

主に米国との金利差が変動要因だ。例えば5月には、香港の銀行間取引金利(HIBOR)翌日物と米国の担保付翌日物調達金利(SOFR)の差は過去最大に広がった。米国がインフレ抑制のため高金利を維持する一方で、HKMAが香港の金利を下げるための資金供給を行っていたことが背景にある。

現在の懸念点

アナリストや投資家、住宅ローン利用者が関心を寄せているのは、当局が為替の安定を犠牲にしてでも、過去3年で最も低い水準にある金利をさらに下げ、景気を下支えするかどうかだ。

低金利が続けば、21年以来低迷する不動産市場に追い風となるが、ペッグ制維持のために当局が強力に香港ドル買い介入をすれば金利が上がり、消費や不動産市場の回復を損なう恐れがある。

米国の政策を巡る不確実性によって、米ドルのボラティリティーがさらに増し、HKMAはペッグ制維持のため、より頻繁な介入を余儀なくされ得る。ペッグ制が廃止されるという臆測が最近再び浮上しているが、廃止を示唆するような明確な兆しはない。

香港当局は制度の維持を強く公言している。香港政府トップの李家超(ジョン・リー)行政長官は先月上旬にペッグ制は香港の成功の鍵だと強調し、地政学的な緊張が高まる中で制度廃止の要求をはねつけている。

HKMAの余偉文総裁も1月、ペッグ制を「変更するつもりも必要もない」と発言している。

過去にも圧力

世界金融危機や重症急性呼吸器症候群(SARS)流行、トランプ政権1期目に見られた米中の緊張高まりなどで、香港ドルの下落に賭けるポジションが急増したり資金流出が発生したりした時など、ペッグ制が過去に圧力にさらされたことはあった。

他の制度への置き換えは可能か?

アナリストやエコノミストによると、最も有力な代替案はリスク分散のために香港ドルを複数の通貨から成るバスケットに連動させる方式。一定の安定性が期待できるものの、透明性に欠け、当局にとっては管理がより複雑になる可能性がある。

また、一部では香港ドルを人民元に連動させる案も出ているが、香港と中国本土との経済的・投資的な結びつきが強まる中、理にかなっていると言える。本土企業との間で貿易や投資が増加している現状を踏まえると、企業の取引コストが削減されるという利点もある。

フランスの銀行、ソシエテ・ジェネラルのアナリスト、キヨン・ソン氏とミシェル・ラム氏はリポートで、「香港経済が本土との統合を深めている現状を鑑みると、理想的な構想だ」と評価している。その一方で、「人民元が資本勘定の完全な自由化を実現しない限り現実的ではない。当面は難しいだろう」と指摘している。

その他の代替案としては、05年に行ったような許容変動幅の拡大、あるいは変動相場制の導入、金との連動などが挙げられている。後者の2つの案は、他通貨による香港ドルへの影響を抑える効果がある。しかし、グローバル市場において外部のボラティリティーにさらされるリスクがあり、流動性が十分でない金と連動させる場合は特にそうだ。

原題:Why Is the Hong Kong Dollar Peg Causing Such a Stir?: QuickTake(抜粋)

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