(ブルームバーグ):米カリフォルニア州のスタートアップ、ブートストラップ・バイオは、ヒトの胚の遺伝子編集技術の開発を進めるため、シリコンバレーの富裕層から資金調達を行っている。約1年半前に設立された同社は、いわゆる「デザイナーベビー」を生み出そうとしている。
ブートストラップの関係者2人と投資家の1人が、同社が技術開発に取り組んでいることを明らかにした。胚のDNAを改変する技術により、遺伝性疾患の排除や望ましい特性の強化が可能となり、これらの変化は将来の世代にも受け継がれるようになるという。
この「生殖細胞系列ゲノム編集」と呼ばれる技術については、科学者や倫理学者が未検証で潜在的に危険だと警鐘を鳴らしている。数日齢の胚に欠陥が生じた場合、その変化は全ての細胞と発達段階に重大な影響を及ぼす可能性がある。
仮にこの技術が実現したとして、新たな優生学の時代が到来し、さらなる不平等を助長する恐れがあるという。
生命倫理の専門家である米スタンフォード大学のハンク・グリーリー教授(法学)は、「赤ちゃんの安全性に関わる場合、確信を相当持って取り組む必要がある」と述べ、「ゲノム編集された赤ちゃんに何が起こるか、われわれには全く分からない」と警告した。
シカゴ大学のローリー・ゾロス教授(宗教学・倫理学)は、公共のアクセスや監視、審査、保護がないまま、民間の研究所でこうした取り組みが行われることに特に懸念を示している。
「遺伝性疾患のある子どもを持つことを避けるためなら、もっと安全な方法がある」と述べ、「まるでクールな部品を組み合わせて作る商品であるかのように、ゼロから子どもをつくり出そうとする」のは適切ではないとの考えを示した。

ブートストラップのチェイス・デネック最高経営責任者(CEO)とベン・コーパン最高技術責任者(CTO)は創業前、シリコンバレーで人気のフォーラム「レスロング(LessWrong)」に「GeneSmith」と「kman」というペンネームで成人の知能向上を目的とした遺伝子編集に関する論文を投稿し、注目を集めた。
その後、「Gene_Smith」名義でソーシャルメディアのレディットに投稿を行い、デネック氏は自身の名前でユーチューブのインタビューに登場している。
デネック氏はコメントを控え、コーパン氏は複数回のインタビューやコメントの要請に応じなかった。
レディットへの投稿によると、ブートストラップは当初、成人のDNA編集に取り組んでいたが、生殖細胞の遺伝子改変へと焦点を移した。
最高科学責任者を雇い、研究所を開設し、事業の方向転換を行ったと説明し、今年に入り初期的な資金調達を計画したとGene_Smithは明かした。
ある投稿では、「成人の能力向上に必要な問題を全て解決するためのタイムラインを検討し始めたところ、皮肉にもスーパーベビーの方が早い道筋に見えてきた(確かにシンプルだ)」と記されている。
出産奨励
ブートストラップの初期投資家には、出生率の向上を唱え「人口減少の危機」の阻止を主張するシモーネ・コリンズ氏とマルコム・コリンズ氏夫妻が含まれている。
コリンズ夫妻は、同じく出産奨励を唱えるイーロン・マスク氏との関係が取り沙汰され、優生学を推進しているとの批判を受けているが、こうしたレッテルを否定している。
シモーネ氏によると、夫妻は、将来の子どもたちの健康リスクを最小限に抑えるため、自身の胚の一部に生殖細胞系列ゲノム編集を施すことを検討している。「できるだけ早く取り組みたい」と同氏は述べたが、ブートストラップへの投資額については明言を避けた。
「人々が予期せぬ副作用などを恐れるのは理解できるが、将来的に全ての子孫のリスクを完全に取り除ける可能性があるのは非常に大きい」と語った。
起業家を自称するコリンズ夫妻は、ブートストラップへの投資からの金銭的利益にはあまり関心がないと示唆している。「私たちは、彼らが人々を助けることに成功してほしいだけだ。それが私たちの投資哲学だ」とシモーネ氏は述べた。
米国では研究所での生殖細胞系列編集に関する作業でさえ厳しく規制されているが、研究者らはこの技術を進歩させ続けている。それでも、オレゴン健康科学大学のポーラ・アマト教授(産婦人科)は「まだ安全とは見なされていない」と話す。
米国の臨床試験を追跡するデータベースには、生殖細胞系列ゲノム編集や胚の遺伝子工学に関する研究は報告されていない。
ブートストラップの事業計画には、2026年または27年にホンジュラスでヒトを対象とした試験を開始するプランが含まれており、同国では米国の規制を回避できる可能性があるという。これらの計画は、投資家に提供された資料やデネック氏のユーチューブでのインタビューで示されている。
科学団体の国際的な連合は今年5月、遺伝子の生殖系列編集に対して10年間のモラトリアム(一時停止)を求めた。
再生医療アライアンスのCEOで、モラトリアムの呼びかけに名を連ねたティム・ハント氏は「生殖系列ゲノム編集には非常に多くの複雑な課題がある」と述べ、「差し迫った医療上の必要性があるのかも明確ではない」と指摘した。
原題:‘Superbabies’ Startup Seeks Funds for Controversial Gene Editing(抜粋)
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