(ブルームバーグ):3年前、梁文峰氏のクオンツヘッジファンド会社は中国株式市場の混乱で損失を出したとして投資家に謝罪し、「深く恥じ入る」と表明していた。
人工知能(AI)を駆使して銘柄を選び出し、中国最大手のクオンツファンドの一つに急成長した梁氏のハイフライヤー・クオント(幻方量化)にとっては、予想外のつまずきだった。ピーク時に120億ドル(約1兆8600億円)を超えていた同社資産は、この危機で3分の1余り縮小した。その裏側で、梁氏はAIスタートアップ、DeepSeek(ディープシーク)の下準備に着手していた。
こうして幻方量化から生まれたディープシークは、世界的なAIサプライチェーンと重要なAI技術で他の追随を許さないと見られた米国の優位性を今や脅かしている。設立から2年足らずの企業による技術は急激に人気化する一方、27日の欧米株式市場を急落させ、合わせて1兆ドルに近い時価総額が失われた。
また、中国本土以外で学んだことも働いたこともない梁氏がこれだけの開発を成し遂げたことに、衝撃と畏敬が寄せられている。同氏は中国のAIエンジニアと共に、最新の半導体技術に思うようにアクセスできずリソースが限られる中でも、世界のトップクラスに並ぶ、あるいはそれをしのぐ技術の開発が可能であることを実証した。
梁氏はオープンAI創業者のサム・アルトマン氏と比較されることもあるが、同氏に比べはるかに目立たない。中国メディアの36krに対し昨年7月、「オープンAIは神ではなく、常に最先端でいられるわけでもない」と梁氏は話したが、公の場での発言することはめったにない。
その前年には、投資額を増やしたからと言って、必ずしもより多くのイノベーションにつながるわけではないと述べた。中国企業は長年にわたり、多くの場合に技術革新を追求するのではなく追随に甘んじてきたとの見解を示し、問題は「自信がなく、イノベーションを起こすための高度な人材を使いこなせていない」ことだと指摘したとされる。

異彩
梁氏は1985年に中国南部・広東省の経済的に貧しい湛江市で生まれた。父親は小学校の教師。杭州にある名門、浙江大学で電子工学を学び、同校で情報通信工学の修士号を取得した。
ディープシークが世界のAI業界でそうであるように、幻方量化も中国のクオンツ業界で異彩を放っていた。
梁氏は浙江大学の同級生2人とともに、2008年に中国株のトレーディングを始めた。大半の中国クオンツファンドの創業者とは異なり、3人のうち誰も国外や機関投資家での取引経験はなかっった。
3人は裁量取引や裁定取引などさまざまな戦略を試した末、15年にシステム的なアプローチを採用することに落ち着く。同年には幻方量化を設立。当初は価格と出来高の要因に基づくモデルを構築し、翌年には機械学習を試行した。
20年のインタビューで同社のサイモン・ルー最高経営責任者(CEO)は、この新しいツールによって、同社はさらに深く掘り下げて新たな要因を見つけ出し、要因と要因の「非線形」のつながりを特定できるようになったと語った。創業者の3人は18年に機械学習を幻方量化の商品に統合した。
幻方量化は20年のパンフレットで、AIにより「多くのイノベーション」を実現し、さまざまな収益源からリターンを「積み上げる」マルチサイクル投資モデルを開発したとうたっている。主力商品は、デイトレードなど低リスク取引を統合した戦略で、それ以前の3年間でベンチマークとするCSI500指数を120パーセント上回るリターンを上げたとしている。
この結果、同社の資産は急増し、21年には900億元(約1兆9000億円)を超えた。だが、同年の終盤につまずいた。
一部のファンドで記録的な損失を被った幻方量化は同年12月、株価が大きく変動した期間にAIが一部取引のタイミングを誤り、ひどいパフォーマンスになったと説明した。同社は謝罪した上で新規資金の受け入れを停止し、運用資産を縮小して戦略を調整すると表明した。
その3カ月後には、ボラティリティーに敏感な一部の顧客に資金を引き揚げるよう、マーケティング責任者が異例の呼び掛けを行った。昨年は「ロングオンリー」の戦略に注力し、ロングショートの商品からは撤退する意向を示した。これまでに同社の運用資産は600億元前後に減少した。
研究資金
梁氏が以前語ったところによれば、ディープシークの研究費用は幻方量化の予算で賄われた。米国が輸出を禁止する前の21年にエヌビディア製グラフィック処理装置(GPU)を1万基蓄えていた幻方量化のリソースを活用したという。
梁氏はほぼ全員のエンジニアを中国で採用している。中国の一流大学の新卒者や博士課程後期のインターンらが多くを占める。
「梁氏は『オタク』だが、悪い意味ではない」と、24年にディープシークで6カ月のインターンシップを経験した米ノースウェスタン大学の博士課程の学生、ワン・ジハン氏は話した。
ワン氏によると、梁氏は独自の多くの実験を行っており、ディープシークは研究所のような運営をされている。「小規模で始まったが、本物の進歩が見られるにつれ、盛り上がっていった」という。
米国は最先端のAIアクセラレーター輸出を禁止したが、それとは無関係に、むしろ糧とするかのように、定期的にAIモデルの発表を始めた。
ディープシークが高度な推論能力を備える「R1」モデルを発表したのは、トランプ大統領の就任式が行われたのと同じ今月20日だった。
同日の発表に先駆け、梁氏は李強首相が主宰して北京で開かれた非公開のビジネスシンポジウムに出席した。国営新華社通信によると、同会合ではテクノロジーや科学、教育などの分野の専門家が政府に意見や提言を行った。ユーチューブに投稿された動画では、首相とテーブルを挟み向かい合って座った梁氏が何かを話し、首相は注意深くうなづいていた。
原題:Chinese Quant Whiz Built DeepSeek in the Shadow of a Fund Rout(抜粋)
--取材協力:Biz Carson、Pui Gwen Yeung、Pei Yi Mak.
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