数十年前に英国で起きた性的虐待事件を放置したとして、富豪のイーロン・マスク氏がスターマー首相を非難し、英政府が守勢に立たされている。

マスク氏は自身がオーナーとなっているX(旧ツイッター)に一連の挑発的な投稿を行い、スターマー氏が公訴局長官(DPP)だった時期に起きたグルーミング(わいせつ目的を隠して子どもに近づき手なずける行為)事件を巡り、同氏の対応を批判。

矛先はフィリップス保護担当相にも向かい、フィリップス氏を「レイプによるジェノサイド(民族大虐殺)の擁護者」と呼び、「米国は英国民を暴政から解放すべきだ」と呼びかけた。

電気自動車(EV)メーカー、米テスラの最高経営責任者(CEO)でもあるマスク氏は今月発足する第2次トランプ政権で要職に就くが、英労働党政権を幾度となく批判している。

マスク氏の投稿はスターマー政権にとって大きな問題となっており、スターマー氏は医療問題について語る予定だった6日の記者会見で、性的虐待事件への対応について弁明せざるを得なくなった。

グルーミングギャングとは

マスク氏がXで触れた「数十万人」の「英少女」がギャングの手でレイプされ殺害されたという主張は、サウスヨークシャー州ロザラムで起きた事件を指していると思われる。この事件では、男たちが贈り物やアルコールを与えることで少女たちを手なずけ、性行為を強いていた。

大学教授のアレクシス・ジェイ氏による2014年発表の報告書では、1997年から2013年の間に、少なくとも1400人の未成年がロザラムの男たちに狙われたと推定。虐待の報告を受けてもさまざまな機関や地方当局が行動しなかったと指摘している。

加害者の大半はパキスタン系住民で、異文化に対するセンシティブな意識が、当局に断固たる行動を取らせなかった理由の一つであることが明らかになっている。

未成年を狙った広範な性的搾取を当局が調査ないし摘発しなかった同様の事例は、マンチェスター都市圏のロッチデールとオールダムなどでも判明している。

マスク氏

マスク氏が直近の投稿をしたきっかけは何か

政府の失敗や支配エリート層が国民を踏みつけているという見方を示唆するようなニュース記事を強調することで、マスク氏が英政治について意見を述べたのは今回が初めてではない。

最近では、ポピュリスト的なテレビチャンネル「GBニュース」の一連の報道がマスク氏の関心を刺激したようだ。その中には、未成年の性的虐待に関する政府主導の調査を始めるようオールダム議会がフィリップス氏に要請したものの、同氏がその要請を拒否したという報道もあった。

この事件では複数のパキスタン系住民が起訴され、これが多くの移民受け入れを巡り英国民の間で不安を高めていた。マスク氏の投稿はそうした懸念に呼応した。

マスク氏は以前、反移民政策で知られる英右派政党「リフォームUK」を公然と支持していた。同党を率いるナイジェル・ファラージ氏はトランプ氏の友人として知られている。だが、マスク氏は最近、リフォームUKの党首交代を求め、同党の反移民政策は不十分だと考えていることを示唆した。

マスク氏が方針転換したのは、極右の反イスラム活動家トミー・ロビンソン受刑者(本名スティーブン・ヤクスリーレノン)への支援をファラージ氏が拒否したためだ。マスク氏は同受刑者の釈放を求めている。

ロビンソン受刑者とは何者か、なぜマスク氏は支援しているのか

ロビンソン受刑者は政治団体「イングランド防衛同盟」の元リーダーで、シリア難民に関する虚偽の主張を繰り返し、この難民に対する攻撃を招いたとして、侮辱罪で1年6月の実刑判決を受けている。

「言論の自由」をうたいツイッター買収に踏み切ったマスク氏にとって、ロビンソン受刑者の刑期は不当に映るようだ。

マスク氏は「トミー・ロビンソンを解放せよ」という投稿を繰り返し、ロビンソン受刑者がロザラムとロッチデールのグルーミングギャングに関与した住民の民族的な背景について「真実を語った」ため投獄されたと論じている。

ファラージ氏は同受刑者がリフォームUKに加わることはないとし、その理由として「われわれが必要とする」人物ではないと発言している。

スターマー氏は事件への対応でどのような役割を果たしたのか

スターマー氏は政界入りする前、法曹界でキャリアを積み、08年にDPPおよびイングランドとウェールズにおける刑事訴追を担当する検察庁(CPS)のトップに任命された。

スターマー氏が5年間その職にあった間、CPSはロッチデールでの性的虐待に関与したとされる人物を不起訴処分とする決定を下した。事件の詳細がスターマー氏にまで伝わっていたという証拠はない。

この決定が覆されたのは11年だ。最終的に9人の男が有罪となった後、イングランド北西部で新たに主任検察官となったナジル・アフザル氏はスターマー氏について「過去にわれわれが誤りを犯していたことを公に認めるという決定に100%賛成していた」と述べた。

スターマー氏は6日、検察の責任者としての自身の実績を擁護した。アジア系のグルーミングギャングに対する初の大掛かりな起訴を行い、こうした事件の捜査と起訴の在り方を変え、未成年に対する性的虐待の通報を義務付けたと説明した。

グルーミングギャングに関する調査は行われたのか

英国では未成年を狙った性的虐待に関する複数の独立調査が地方レベルで行われ、15年には全国的な「未成年に対する性的虐待に関する独立調査(IICSA)」が始まった。

大学教授のジェイ氏が主導したIICSAの報告書は22年に発表され、虐待の規模を把握するためのデータの構築や未成年保護の改善を目的とした全国的な監督当局の創設、児童養護施設における慣行の改善など20項目の提言を行った。しかし、これまでに実施されたものはない。

野党保守党のベーデノック党首は事件の全国的な調査を求めたが、同党が政権を握っていた当時にIICSA報告書の勧告に従うことはなかった。

ジェイ氏は被害者に代わり出した声明で、「われわれの使命は新たな調査を求めることではなく、IICSAでの勧告の完全実施を訴えることだ」と表明した。

ストリーティング保健・社会福祉相は5日、「すでに全国調査が行われている」とし、新たな調査は実施しないと語った。一方、キノック・ソーシャルケア担当相は6日、ジェイ氏による勧告の実施に政府は「全面的に取り組む」とタイムズ・ラジオの番組で話した。

クーパー内相はその後、虐待報告の義務化に加え、犯罪者の刑期を決定する際にグルーミングを量刑を重くする要素として考慮することと警察の枠組みを変更し公衆保護と未成年虐待に関する新たな基準を盛り込むという3つの提言の実施を優先すると下院で述べた。

原題:Why Musk Waded Into UK Child Grooming Gangs Scandal: QuickTake(抜粋)

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