通学路には9メートルの津波



この時、広野町にはおよそ9メートルの津波が押し寄せ、康太さんがいつも使っていた通学路も被害を受けていたのです。



似鳥康太さん「たまたま卒業式で、早く帰っていたから何もなくみんなそこにいたけど、じゃなかったらどうなっていたか分からない」

似鳥康太さん「心配はしていたけど、そういうことになる想定はしていなかった。それよりも、周りの大人たちの表情が不安そうだったのを覚えています」

康太さんは、仲間とトレーニングルームで一夜を過ごしました。余震が続く中でした。

親元を離れ、スタッフと共に迎えた3月12日。追い打ちをかけるようにして起きたのが原発事故でした。