「やばいらしいよ」
康太さんが過ごした寮や、練習に使っていたグラウンド、そして一夜を明かしたトレーニングルームも、福島第一原子力発電所からおよそ20キロの距離。

避難を余儀なくされます。
似鳥康太さん「"やばいらしいよ"中学2年生の会話なので。あのときのやばいには、今思うと色んな意味が込められている」
当時のことを、母・由美さんは。
康太さんの母「逃げて、避難して、今どの辺にいるのかなみたいな。早く離れてほしいなって」
しかし、すぐには会えませんでした。
山形市の自宅に戻ったのは地震発生から8日後でした。







