福島県内で長く愛されている老舗の今を伝える『老舗物語』です。今回は、明治創業で県外からもお客が訪れる人気のそば店です。こだわり抜いたそばは、これから100年、日本の食文化として大事に継承していこうと注目されています。
透き通るような白さでツヤツヤと輝く「そば」。会津坂下町に伝わるこの伝統的な「そば」がいま注目を集め、多くのお客が足を運んでいます。
--お客さん「会津のそば粉で作っているからうまい!」
--お客さん「コシもあるし、そばの香りがいい、最高!」
と、年配の方から子どもまで大満足のようです。
こちらのそばは「高寺芯そば」と言い、ことし2月、文化庁が認定する「100年フード」に選ばれました。「100年フード」とは、これまで受け継がれてきた伝統的な食文化をこれからも継承しようという4年前から始まった取り組みです。
県内ではこれまでに「あわまんじゅう」や「円盤餃子」「いかにんじん」などが認定されています。
会津坂下町で、その「高寺芯そば」が食べられるお店は6軒ほど。そのうちの1軒が国道49号沿いにある「紋平茶屋」です。4代目の齋藤路子さん、息子で5代目の充さんも、「100年フード」認定を喜んでいます。
--充さん(5代目)「この地域の宝にしていって、頑張っていきたいと思います。」
--路子さん(4代目)「5割5分挽きというのにこだわって、みんなで盛り上げていきたい。」
高寺芯そばの特徴の一つが、そばの実の製粉です。そばの実を5割5分以下まで製粉した、中心部分だけを贅沢に使用します。
そうしたそば粉を、つなぎを一切使わず、熱湯を使う湯ごね技術で手打ちした十割そばに。
--充さん(5代目)「中心部分のそば粉は粘りが弱いので、お湯の力を使って粘りを出します。難しいポイントは水分量かなと思います。」
その日の天気によって水分量を調整しながらのそば打ち。手打ちで行うことも、高寺芯そばの基準の一つです。
昔から各家庭でそばを打つ習慣があった会津坂下町。高寺芯そばは、高寺地区で戦後に始まったとされています。それまでは、そばの実全部を使った黒いそばが主流でしたが戦後、食糧が安定した頃に、そばの実の中心部分だけを使うそば粉へと改良され、いまの高寺芯そばへと進化してきました。それが高寺地区を中心とした町内へと広まったそうです。
紋平茶屋も明治初期の創業当時は、そばの提供はしていなかったといいます。
--路子さん(4代目)「越後街道沿いだったものですから、行商の方や馬車を引いた方たちのお休み処。身欠きニシンや棒タラなど、行商の方は手弁当ですからおかずが欲しいというので一品料理を提供していたんです。」
さらにきのこ料理なども提供し、夜にはお酒も飲めるお店に。
--路子さん(4代目)「(お酒飲んで)“締めにそばが欲しいな”というお客さんの声から始まってそばの提供を始めたんですね。」
さらに、会津のおもてなしの心遣いもあったようです。
--路子さん(4代目)「会津は“餅、そばのご馳走”というんです。そばはご馳走だったんですね」。
上質な中心部分のそば粉だけを使ったそばは、まさに最高のおもてなしとして喜ばれたそうです。
そうして親しまれてきた高寺芯そばですが、100年フードに認定された事で地元はもちろん、県外からのお客さんも増えました。
--お客さん「おいしい」
--お客さん「最高です」
--お客さん「新潟県から。この3種類のつゆがあって、そばも芯だけ使って更科というかほかでは味わえないかなと。」
--お客さん「とてもおいしいです、大根の汁がちょっと辛くて。」
--お客さん「おいしいです」
紋平茶屋のそばは、高寺芯そばが味わえるのはもちろん、つけ汁も3種類あって、味わいもバラエティに富んでいます。カツオのダシが効いたスタンダードなめんつゆに、高遠そばに代表される「アザキ大根」の辛みを効かせたつゆ、そして、鶏のモモ肉、ムネ肉からダシをとった温かいつゆ。
--充さん(5代目)「すごくうれしいなと思って、“3種類のつゆで食べられるところはないよね”と評価していただいて。そばのうま味、のど越し、甘さ、そういうものを伝えていけるようなつゆになっているのかなと。長く続けて頑張っていけるように努力していきたいです。」
会津坂下町の先人たちが築いた「高寺芯そば」。その伝統を守り、これから100年続く食文化として地域で盛り上げていきます。
【店舗情報】
紋平茶屋(福島県会津坂下町)
営業時間:午前11時30分~午後2時
定休日:火曜日
※GW中は営業













