15年前、津波と原発事故の被害を受けた福島県双葉町に、亡くなった町民の名前を刻んだ慰霊碑が完成します。地域の復興をけん引してきた男性が、慰霊碑に込めた思いを聞きました。
少しずつ日常が戻る一方で…
重低音を響かせて、愛車で風を切るこの男性。そのワイルドな風貌とは対照的に、語り部を務めるなど、15年間、町の復興に向き合ってきました。

「あ、もう15年かというような感覚」
高倉伊助さん(70)。双葉町で津波被害を受けた浜野行政区の区長を務めています。この地区は、原発事故による避難指示が2020年に解除されましたが、津波の浸水区域のため、この先も、住むことができません。

高倉さん「去年の8月に初めて買い物する場所ができたから助かっている」Q.買いに来ます?「来る来る。ちょっとしたものは助かるし…ここのコーヒーはうまいんだ」
高倉さんは、現在、双葉駅のすぐ近くにある町営住宅で暮らしています。原発事故で避難指示が出された自治体の中で、最も遅く帰還が始まった双葉町ですが、去年には、スーパーやコーヒー店がオープンし、少しずつですが、日常が戻りつつあります。

高倉さん「7年目から町自体が動き始めた。15年の半分の7年くらいでこれだけ(復興が)進んだ。これはいい部分。ただ悪い部分はそれだけ経っていて、あとの7割近くはこんな状況かというところがいっぱいある」













