「奇跡の少年」。東日本大震災の後、そう呼ばれた小学5年生がいる。

只野哲也さん(22)は11年前のあの日、宮城県石巻市の大川小学校で津波にのまれながら助かった。

只野哲也さん


22歳の青年に成長した今年2月、石巻市で開いた集会で仲間3人とともに壇上に上がり、震災遺構となった大川小校舎の今後の在り方や、震災伝承を考える団体「Team大川未来を拓くネットワーク」の設立を宣言した。

2011年3月11日、大川小を襲った津波は、校舎もろとも大勢の子どもたちの命をのみ込んだ。学校管理下で起きた戦後最悪の事故。児童74人と教職員10人が犠牲となり、その場にいて助かったのは只野さんら4人の児童と教職員1人だけだった。

震災遺構となった現在の大川小校舎


大きな揺れの後、児童教職員は校庭に集まって50分余り待機。橋のたもとに移動を始めた直後に津波に襲われた。

只野さんは校庭脇の山の斜面に叩きつけられて気を失いながらも助かったが、大川小の3年生だった妹の未捺さんと母、祖父を亡くし、自宅も流された。

それでも被災直後から、生き延びた児童で唯一、報道機関の取材に応じ、大川小で何があったのか伝え続けてきた。

私が初めて只野さんと会ったのは、2018年の冬。