あの日…地球が割れるかのような地震が
田村孝行さん: 私たちは、息子の名前を入れた「健太いのちの教室」という名前をつけて語る活動をしています。
2011年3月11日午後2時46分、今まで経験したことがない、地球が割れるかのような地震が発生しました。そして大きな津波ですね。
皆さんが生まれる前のことですが、「東日本大震災」という名前を聞いたことがあるでしょうか?ある人?(児童たちが手を挙げる)
ああ、すごいね。皆さん知ってますね。はい、ありがとうございます。
当時、25歳だった私たちの息子、名前を「健太」と言うんですが。健太君は、ここから車で1時間ほど行った海に面した女川町の銀行で働いていたんです。

しかし、地震の後にやってきた大きな津波によって健太は命を落としてしまいました。健太もですね、皆さんと同じように松山小学校へ入学したんです。勉強したりですね、元気に遊んだりしていました。

皆さんは、今、松山小学校は新しい小学校になってますが、これ30年ぐらい前なんですが、後ろにあるのが松山小学校です。同じ場所に建っていたんですね。
そして、健太は右から下の2番目の子、一番下の右から2番目の子が、健太です。当時ね、野球もしていたんだけどポチャッとしていたんで、キャッチャーをしていました。今もあるのかな、松山シャークス(少年野球チーム)、そこで野球をしていました。そして6年間過ごして、この小学校を卒業していきました。6年生も、もうすぐ卒業式があると思いますが、同じように、ここから卒業していくということになります。そして、地域の皆さんにもお世話になって、可愛がってもらいながら成長することができたんですね。
もう一つ質問です。皆さんは自分の命について、真剣に考えたことありますか?ある人?(児童たちが手を挙げる) はい。半分ぐらいかな。ありがとうございます。
今ね、こうしてここに皆さんがいるということは、決して当たり前のことではないんですよ。皆さんは、世界にたった一人しかいない、本当にかげがえのない大切な存在なんです。今日はね、そんな話から、一緒に命について考えてもらえたらいいなと思います。







