大津波警報が… 防災無線からは避難の呼びかけが続いていた

あの日、女川町は震度6強という激しい揺れに襲われました。すぐにね、6mの大津波警報が出されました。助かった銀行の人の話によれば、その時、銀行には、支店長、学校ならね、校長先生がいませんでした。そして、次席者、学校なら教頭先生から避難の指示がないまま、片付けをして支店長の帰りを待っていたんです。お客さんは、2人いたんですが、自らの判断で逃げたんですね。そして、2時55分頃に支店長が戻って、出された指示です。シャッターを、扉を閉めなさい。書類を金庫にしまいなさい。屋上から海の様子を見ていなさいというものが出たんですね。

そして3時14分、大津波警報は、10mに変わりました。町の防災無線からは、「至急高台に逃げてください、逃げてください」と必死の呼びかけは続いていましたが、銀行の人たちは、目の前の高台に逃げることができなかったんです。健太はね、あの日「まだ時間があるから高台に行ける」と言っていたんですよ。結局、全員(13人)が屋上に留まりました。一人は、助かったんですね。そして12名が犠牲になりました。そして、今も15年経っても、8人は見つかっていません。