「集まって戦って死ぬってことはわかっていた」

武井俊夫さん(91)は7歳の時、両親と6人の兄弟とともに満州へ渡りました。

<武井俊夫さん(91)>
「農業やっていた場所でどこまでも続いていたんだよね大地が。食べるものはあったし、豚なんかも自分で飼ったり、肉を食べたり(当時の)日本では食べれないんだもんなその時」

武井さんは日本人学校に通い、広大な土地のなかで日本に住むより満たされた暮らしをしていたといいます。

そんな生活が一転したのはー終戦の6日前のこと。ソ連軍が満州を攻め込みました。

<武井さん>
「(団は)一つの部落に集まって玉があるだけ戦って、みんなで玉砕しようと(話した)。親のところにはすでに青酸カリが配られていて、鉄砲玉だって言ったって(玉が)あんまりないだよね。集まって戦って死ぬってことはわかっていた僕らも子どもながらにね」