出場校の選考を巡り、大会前から大きな波紋を呼んだ第94回選抜高校野球大会。大会が始まっても序盤、審判によるミスジャッジと、その後の審判団の対応が話題をさらった。

「塁審が誤ってファールのジェスチャーをして走者を止めてしまいました。大変申し訳ありません」

審判団が自らミスを認め、謝罪する。異例の対応は、驚きをもって受け止められた。あの時、グラウンドでは何が起きたのか。当時、二塁塁審を務めたのは、静岡県高野連から派遣された荒波宏則さん(44)=島田市役所勤務=。荒波さんが夢の舞台で得た、代え難い「宝物」とは。

「えらいことをしてしまった」審判人生最大の窮地に

審判歴は22年を数える荒波宏則さん=写真提供 荒波さん


問題のプレーは3月20日に行われた1回戦、広陵(広島)と敦賀気比(福井)、ともにセンバツ優勝経験校同士という好カードで起きた。4回裏、2点をリードする広陵は無死一塁。追加点を狙って打者が犠打を試みるが、打球はファウルゾーンに落ちる。

<荒波宏則さん>
「打者が動き、捕手が動き、走者の動きを見ながら、もうファールだと決めつけてしまった」

ニ塁塁審を務めていた荒波さん。両手を広げ、ファウルのジェスチャー。一塁走者はこれを見て、走るのをやめる。しかし、打球は不規則に弾むとフェアゾーンへ。球審はこれを確認し、フェアと判定。ここで判定が食い違うことになる。

<荒波さん>
「私が走者を止めた時に球審はフェアの判定をしていて(敦賀気比の)野手は打者走者をアウトにしようとして一塁に送球。(広陵の)走者は私のストップのジェスチャーで一塁に戻りかけたところ、ランダウンプレイが始まって…私がミスをしてしまったことが瞬時にわかった」

結局、一塁走者はタッチアウトで併殺となった。

<荒波さん>
「やってしまった、えらいことをしてしまったと。今までに感じたことのない恐怖のような感覚になったのを覚えている」 荒波さんにとって、審判人生最大の窮地に追い込まれた。


最初で最後の夢舞台で生まれた“心の隙間”

普段は地元の市役所で福祉課に勤務する荒波さん=島田市役所

<荒波さん>
「小学校から野球を始め、高校の時、甲子園出場を目指してやっていたが、夢は叶わなかった。社会人になって審判を始め、野球の奥深さ、面白さをさらに感じるようになってきた」


荒波さんの審判歴は22年。静岡県の島田市役所福祉課で勤務しながら、現在は静岡県内の高校野球などで活躍している。選手時代には、たどり着くことができなかった甲子園。審判としても一番大きな目標だった。そんなある日、吉報が届く。東海地区の派遣審判員に選ばれたという連絡だった。

<荒波さん>
「家族や指導してくださった先輩方、多くの方から支援をいただき、派遣審判員という機会をもらった。感謝の気持ちと静岡県、東海地区の代表としてグラウンドに立つということで、本当に責任は重大」

派遣審判員が甲子園でジャッジできるのは1度限りだ。荒波さんが担当するのはわずか3試合。その甲子園“デビュー戦”で悪夢は起きた。

<荒波さん>
「整列をして両チームの審判団が礼を交わしてから、自分の定位置に行くまでの間、スタンドやグラウンドを見て『ついにこの日が来たんだと』と実感した」

「審判として、選手のプレーに応えなければならないので、審判団が緊張していては正確なジャッジができないと思い、自分の中でいろんな言葉をつぶやきながら、緊張感が出ないように心がけていた。選手のプレーを見たり、観衆の反応を見ながら、自分もジャッジをしていくうちに身体の方がほぐれてきて、『さぁここからだ』っていった時にあの4回裏、私の心の隙ができてしまって…」

荒波さんの「誤審」は火を見るよりも明らかだった。ざわつく両校ベンチ。どよめくスタンド。

<荒波さん>
「あのジャッジがなければ走者は2塁に到達していて、次の塁にも行けた可能性もあった。両チームに対して全力でプレーをやっている中で、あのようなジャッジをしてしまったのが本当に申し訳なく、選手に謝罪をしなければならないくらいの大きな判定だった」