2023年10月5日 記者の取材ノートから
その日、記者は偶然にも早朝から水窪町内にいて、とある取材をしていた。午前11時頃のことだった。
協働センターでカメラを回していたところ、室内に設置されていた同報無線から、火事発生の知らせが流れた。外に出てみると、数百メートルほど向こうで、真っ黒い煙がもくもくと上がっていた。
取材を中断し、カメラマンと現場に走った。
大きな火柱が上がっていた。空気が熱く、黒い燃えカスがひらひら舞っていた。
バン……バンと2度、何かが爆ぜる大きな音が聞こえて、周囲からは悲鳴が聞こえた。
火の勢いよりもショックだったのは、高齢な住民たちの怯える様子だった。
位牌を取りに家に戻ろうとする近隣住民と、それをはがいじめにして止める住民。

抱き合って座り込み、涙を流す住民たち。手を合わせ、擦り、「南無阿弥陀仏」を唱える住民。
少ない若者で成る消防団が、ホースを伸ばし、必死に消火活動を続ける。その日は風が特に強かったこともあってか、火は一向に消えず、むしろ、どんどん大きくなっていった。
消防は、なかなか到着しない感じがした。時間がかかるのだ。細くて、ぐにゃぐにゃと曲がりくねった山道を越えた先にある、この町に辿り着くには。
発生から約7時間、辺りはもうすっかり暗い午後6時過ぎ、鎮火。天竜消防署によると、建物6棟が全焼。合計で23棟、それから、車両8台にも延焼。けが人がいないのが、せめてもの救いか。そんなふうに思っていたら、現場で、変な噂が聞こえてきた。
「『あの人』が、とうとう、家に火をつけたようだ…」
日付が変わってまもなく、警察は、火元の家で独り暮らしをしていた男(当時89歳)を放火の疑いで逮捕した、と発表した。