朝日村出身の歌手で俳優の上條恒彦さんが県内の病院で亡くなりました。85歳でした。上條さんの心は、美しい山を望むふるさととともにありました。

上條さんは朝日村出身で、「出発(たびだち)の歌」、「だれかが風の中で」などのヒット曲やミュージカル「ラ・マンチャの男」で知られていますが、こんな曲も作っていました。
(歌詞)「遠く海にそそぐ犀川の清き水よ 美しき山の姿とこしえに忘るな」
1982年に上條さんが作詞・作曲した町制25周年を記念した旧明科町の歌「わが町」は長く歌い継がれてきました。
歌詞には、美しい山や犀川の清い流れ、ふるさとを忘れないという思いが込められています。

上條恒彦さん:「歌詞の意味を考えて歌わないと何もならないよね。山を見てもらいたい、山の方を向いて胸を張ってもらいたい」

東京で仕事をしながら、1987年に富士見町へ移住して終の棲家としましたが、ふるさと朝日村への思いは消えることはありませんでした。

上條恒彦さん:「ふるさとっていうのはね古い里ってこと。変わらないのがふるさとだと思うんです。ふるさとは朝日村で死ぬまで頭の中にあるふるさと」
2018年、朝日村130周年に新築された役場の記念式典で、上條さん自身が作詞した曲を子どもたちと歌いました。

(歌詞)「胸いっぱいの思いをきょうも歌うよ」
ふるさとの山や川を愛し続けた85年の人生の幕を閉じました。