「お前を守ってやれんかった」変わり果てた我が子への謝罪
司法解剖を終え、無言の帰宅を果たした将太さん。リビングに寝かせた我が子を前に、それまで感情を失っていた敏さんの目から初めて涙が溢れ出た、悲痛な瞬間の思いを明かします。
(堤 敏さん)
「事件の翌日、10月5日の夜になって、息子の司法解剖が終わったっていうことを伝えられ、警察の車で司法解剖が行われた病院へ向かいました。家族みんなで息子を迎えに行きました。息子は7時間にも及ぶ司法解剖を終え帰宅しました」
「家に帰ったのは10月5日の夜遅く、日付はもう10月6日になっていたんじゃないかなと思います。息子を乗せた車と、私たちが乗った車の前と後ろを警察車両に挟んでもらって、家に着いたときも家の前の道、左右を警察車両を停めて、人も車も一時通行止めにするような帰宅でした」
「これは、マスコミなどの接近を阻止する処置でした。私と長男は深夜にもかかわらず、家の前で『将太が帰ってきたぞ』と大声で叫びました。みんなでリビングの真ん中に敷いた布団に息子を寝かせたときに、私は初めて涙が出ました」
「娘に『お父さん、将太に何か言ってあげて』と言われたんですけども、私は
『将太、ごめんな』
と、それだけしか言えませんでした。搬送された病院でも、司法解剖の迎えに行ったときも、心の中では
『将太、痛かったよな、怖かったよな、苦しかったな、つらかったよな』
いろんな思いをもう持っていたんです」
「けれども、いざ顔を見て、そのときになって顔を見ると、お父さんは
『お前を守ってやれんかったと、ごめんな』
それが言葉にならずに
『将太ごめんな』
それしか言えませんでした。それが精一杯でした」










