皆さんは、岡山市在住の竹内昌彦さんをご存知でしょうか?生後間もなく右目を失明、さらには小学生のときに左目を失明し、これまで70年以上にわたって目の全く見えない人生を歩んできました。
そんな竹内さんのライフワークとも言えるのが「講演」です。これまで30年間で3000回近くの講演を行い、悩める多くの人たちを救ってきました。

小学生時代の壮絶ないじめ、青年期の大きな挫折、幼き長男の死...多くの苦難を乗り越えた竹内さんから紡ぎ出される言葉は、今を生きる人たちの心に響きます。
そんな竹内昌彦さんを、RSKラジオ・RSKイブニングニュース・RSK地域スペシャル メッセージでは15年に渡って追い続けてきました。「死ななくてよかった」「その言葉で命を救われた」「生きる勇気をもらった」...竹内さんの言葉・人生をシリーズでお送りしていきます。
【第1話】「自殺するな 辛かったら逃げてもいい 死なずに待て」
【第2話】「これまで3回死にたいと...でも生きててよかった」
【第3話】「いじめで死ぬくらいなら...大騒ぎして周りに訴えろ」
激しいいじめを克服も 8歳の冬、完全に失明

小学1年生のころ、目がほとんど見えないというだけで、石を投げられ、牛乳にごみを入れられ...激しいいじめを受けながらも、竹内さんは持ち前の負けん気で克服してきました。その後、クラスメイト達とも仲良くなったといいます。
しかし、目だけは治ることはありませんでした。8歳の冬、網膜剥離でほとんど見えなくなり、その3年後、完全に失明。光さえ感じることができなくなりました。

目が見えなくなってしまう、という心境はどういうものなのか。竹内さんが当時の気持ちを教えてくれました。
(竹内昌彦さん)
「『見えなくなったな』と。友達と同じように本が読めないとか、同じ遊びができないとか、友達と同じ学校に行けないとか」

「『とりあえず今は困るな』『これ困るな』ということぐらいですよ、子どもってね」
「だから、大人の人たちが心配して下さるような、そんなショックではないんですよ。『はい、見えなくなったな』とこれだけですよ。僕が、のんきなんかな」
