熊本県内では7月5日朝にかけて再び大雨も心配されている中、球磨川の氾濫などで67人が亡くなった『7月豪雨』からきょうで3年となりました。

『7月豪雨』では記録的な大雨で球磨川が氾濫し、67人が死亡、2人が行方不明となり、住宅およそ4600棟が全半壊しました。

関連死を含め21人が亡くなった人吉市では市の職員たちが黙祷を捧げました。

人吉市 松岡隼人市長「(復興は)まだまだ道半ばです。災害前よりもいい街を作るべく、我々も精一杯頑張ります」

一方、『7月豪雨』で住民8人が亡くなった球磨村の神瀬(こうのせ)地区では、遺族や住民たちおよそ50人が参列して法要が営まれました。

場所は、3年前に住民たちが避難先として頼った乗光寺(じょうこうじ)です。

4つの集落があるこの地区は、球磨川の氾濫で地区全体が濁流に飲み込まれ、およそ200人が2日間、孤立状態となりました。

多武義治さん(63)「時間とともにこの地区が沈んでいく様子などを目にした時、これまでに経験したことのない大変な事態だなと感じました」

参列者は法要の後、球磨川の支流、川内川で「花おくり」を行い、流した花に手を合わせました。

現在、神瀬地区では道路整備や宅地のかさあげ工事が行われ、新たな地域づくりが進んでいます。

多武徳芳さん(75)「復興と発展のためにみんな頑張っていけたらいいなと思います」