被災しても歌声はそばにあった
「あれはいつ聞いても鳥肌が立つぐらい圧倒される」
ロアッソ熊本のMF上村周平(27)は今年、4シーズンぶりにサポーターがフルボリュームで歌う「HIKARI」を聞いた時のことをそう回想する。
中学生のころからロアッソ熊本の下部組織で研鑽を積み、トップチームに昇格を果たして今年で10年目となる上村は「(HIKARIは)ロアッソ熊本の試合の醍醐味の一つでもあり、本当に特別なものだな」と改めて感じたという。
2020シーズンからのおよそ3年間、新型コロナウイルスの感染対策で声出し応援が禁止されたため、「HIKARI」を歌うことはできなくなっていた。
しかし「HIKARI」を歌う声がスタジアムから消えたのはコロナ禍が最初ではなかった。
2016年の熊本地震だ。
4月14日と16日に観測史上初めて2度の震度7を記録し、熊本・大分両県で災害関連死も含め276人が亡くなった。

上村は熊本県益城町の出身で、この2度の震度7の揺れを実家で経験している。
「今まで見てきた益城の状態とは全然違った。道路の浮き沈みなどを見たときに『怖いな』と感じたのが率直な印象で『今、こうして歩いている時にまた地震が来たらどうなるんだろう』とか、そういう不安と常に隣り合わせだった」
「これと言い切ることはできないほど色々なことを感じた」と上村は振り返る。
この年のロアッソ熊本は3月26日のJ2第5節終了時にクラブ史上初の単独首位。
熊本地震の直前、4月9日の第7節を終えた時点でも4勝1分2敗 勝点13で5位と、
好調を維持していた。
しかし熊本地震の発生で避難所での生活を強いられている選手がいたことや、ホームスタジアムが救援物資の輸送拠点となったことなどから、当面の試合は中止に。
チームの活動も一時的に休止した。
巻誠一郎「僕が大好きだった熊本の街やみんなの笑顔が失われていく。家がなくなったり、サッカーができる環境じゃない選手もいる」
当時、選手として在籍していた熊本県宇城市出身の巻誠一郎は涙を流しながら心境を語った。
それでも、その巻を中心に、支援物資を避難所に配ったりサッカー教室を開いたりと「プロサッカー選手にできること」を模索し、ロアッソ熊本の選手たちが完全に歩みを止めることはなかった。
まだ加入3年目、20歳の若手だった上村も避難所になっていた地元の小学校に行き配膳の手伝いをするなど、自分にできる支援活動を考え取り組んだという。
地震発生から12日目の4月26日、選手たちが自主練習を開始、18日後の5月2日には全体練習を再開させた。
そして、1か月が過ぎた5月15日。

千葉市にあるフクダ電子アリーナでのジェフユナイテッド千葉とのアウェイ戦で、リーグ戦復帰を果たした。
ロアッソ熊本に、再び「ヒカリ」が差した瞬間だった。









