
かつては交通の中心を担っていた鉄道ですが、人口の都市部への集中やモータリゼーションの進展による利用者の減少のため、多くの路線が廃止されていきました。植木と山鹿を結んでいた「山鹿温泉鉄道」もその一つ。水害で大きな被害を受けたことも重なり、昭和35年(1960年)12月1日をもって全線の運行が休止されました。当時のニュースはこう伝えています。


「山鹿温泉鉄道が1日から経営不振のため、運行を停止することになりました。山鹿温泉鉄道は昭和32年の水害で大きな痛手を受け、その後バスの進出でお客はガタ減り、通勤、通学者およそ350人が主な利用者でした。


会社側では ”当分の間運行を停止するだけだ”と言っていますが、資金面の見通しと地元の強力な援助がないかぎり、再出発は不可能と見られています。大正12年創業以来38年の歴史に終止符を打つわけで、50名の従業員たちの行方が心配されています」

その後山鹿温泉鉄道の運行が再開されることはなく、5年後の昭和40年に正式に廃止になりました。線路跡はほぼ全線が自転車専用道路「ゆうかファミリーロード」として転用され、現在も利用されています。












