◆アナーキストの新しい定義
アナーキスト=無政府主義者という言い方をします。テロリスト、政府の転覆をもくろんで爆弾を投げる人みたいな印象を持っている方も多いかもしれませんが、今は――。
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二〇一六年に三十五歳で台湾のデジタル担当政務委員に就任したオードリー・タン(唐鳳、一九八一~)は、台湾でのコロナウィルスのまん延を食い止める上で重要な役割を果たした。彼女は「IQ180のIT大臣」などと呼ばれ、日本でもネットやテレビで紹介されるとともに書籍も刊行され、すでに「時の人」となっている。
タンは、自身をアナキストであると繰り返し説明している。日本ではアナキストの訳語として「無政府主義者」という語が使われてきたが、彼女にとってアナキストと「無政府主義者」は大きく異なる。「無政府主義」という語は、「本来の意味を狭める」からである。
この「本来の意味」とは、「政府が強迫や暴力といった方法を用いて人々を命令に従わせようとする仕組みに反対する」、「ある企業が強迫的な手段や暴力的手段によって社員を無理やり命令に従わせていたら」、「そのやり方を変えることを望む」、そのような「権力に縛られない」「立場」のことである。したがって、政府があるかないかは大きな問題ではない。タンの見解は、「誰がアナキストか」という問いに対する答えである。
アナキストと「無政府主義者」を同義と捉え、アナキストとは政府の転覆をもくろみ爆弾を投げる人々である、あるいは、アナキズムとは国家や政府を否定する思想である、と思い込むと、破壊されるべき政府の側にいるタンの主張は矛盾に満ちたものにしか見えない。しかしタンはそのような狭いイメージに囚われることなく、権力に縛られず、政府や企業による暴力や強制に立ち向かい、これを変えようとする「立場」をアナキストと呼ぶ。
『アナキズムを読む 〈自由〉を生きるためのブックガイド』(皓星社、税別2000円)編者の田中ひかるさんが書いた「序章」より引用。
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「ここで、自分の理想を実現しようとする人々」と考えたらよいと思います。まさに、100年前の野枝はそういう考え方をしたのでしょう。
◆野枝を知るための小説やドラマ
野枝を主人公にした小説には、瀬戸内寂聴『美は乱調にあり――伊藤野枝と大杉栄』(岩波現代文庫)や、直木賞作家・村山由佳さんの評伝小説『風よ あらしよ』(集英社、上・下巻、吉川英治文学賞受賞作) などがあります。
村山さんの本を原作にした同名ドラマを、NHKが1年前に放送しています(出演・吉高由里子、永山瑛太、松下奈緒)。改めて、野枝の生き方に光が当てられる時代になってきました。
100年前、関東大震災の後に朝鮮人・中国人の虐殺が起こりましたが、混乱に乗じて政府権力は、その当時自由に生きようとした人たちを罪だと考え、殺してしまっていたわけです。虐殺は民衆だけじゃなくて、日本政府そのものも行っていた…。考えさせられた「伊藤野枝100年フェスティバル」でした。
◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)
1967年生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件や関東大震災時の朝鮮人虐殺などを取材して、ラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。







