中国政府にとっての「使い勝手のいい」存在

童増氏の活動を、中国政府が一貫して容認していたかというと、実はそうではありません。

1992年に中国の当時の副総理は、「(民間賠償の要求は)政府とは別のことだ。民間の正常なルートを通じて要求を訴えることは正常なことだ」と発言し、容認しているようにも見えました。しかし、「民間」とはいえ、中国で政治的活動が容認されるには、当局の判断が必要です。

実際、中国政府は、童増氏らの行動が対日政策に悪影響が出ることや、国内の安定維持にマイナスになると判断した場合、身柄を拘束したり、希望した日本訪問を阻止したりと、運動を抑制してきました。つまり、その時々の日中間の政治状況によって、童増氏は「使い勝手のいい」存在だった、と言えるでしょう。

北京特派員だった当時、私は童増氏に何度も会って取材しましたたが、「過激な活動家」というイメージはありませんでした。むしろ、政府系のシンクタンクの研究員だった童増氏は、彼なりに理詰めに主張するタイプでした。

習近平体制下では、童増氏のような個人が運動の前面に出ることは今後は考えにくいですが、日中関係が悪化すれば、この民間賠償問題が亡霊のように再び現れる可能性はあります。