まだまだある逆さ言葉
下田:なんか現代に通じるでしょ。プロデューサーが「シースーでも行かない?」っていうのにすごい嫌悪感を持ってたんだけど、実はなんか江戸で言えば、粋な人じゃないかって。
神戸:身分的に高い人たちは、使わない言葉です。庶民の言葉。職人さんだったり、日銭で暮らしているような人たちが、「宵越しの金は持たねえ」なんていう言い方もしますけど、そういう人たちが使った言葉。
下田:何か、日常を楽しくしようっていうユーモアがある。
神戸:それが伝わる、その言葉を理解できる人たちだけのグループでもできてくる。香具師(やし)仲間=露天商の人たちだったり、棒手振(ぼてふり)と言いますが、商品を棒に前後のカゴに乗せて魚を売ったり、そういう人たちの業界の中では通用するという言葉もあるわけですよ。じゃあ、これは?「もく」。
下田:もく……雲なのか、タバコなのか……。
神戸:お!タバコですよ。辞書に上がった文例は、天保年間(1831~1845年)だから、幕末に近い。1840年代ぐらいに記録には残っている。雲を逆さにした言葉でモクモクと煙が上がるから、タバコ。
下田:そうなんだ!
神戸:今でも「シケモク」って言うでしょ。残っているんですよ、実は現代にも。
下田:あらまあ!
神戸:「モクでも吸いにいくか」なんて言い方する人も。
下田:いたわね、昭和には。
神戸:これ、江戸時代から使っている言葉。
下田:でも、最近タバコ吸う人も減っているから、そういう言葉も聞いちゃうかも。
神戸:そういう人をこんな風にも言いますね。「頓吉」。
下田:トンキチ?
神戸:「頓吉」は、これ自体は天地替えじゃないんです。トンマな人を擬人化した名前。「阿呆太郎!」とか言うように、トンマな男を「頓吉っ!」と。これが、逆さ言葉になるとどうなるか。「とんちき」。
下田:あー!「トンチキ野郎」!
神戸:そうそう!昔の昭和の漫画によく出てきた。
下田:あった、昭和に!
神戸:「このトンチキが!」とかって言ってたでしょ?藤子不二雄さんとかの漫画やアニメで。江戸時代に、「この馬鹿な男め!」と「頓吉」。それがいつか天地替えで「トンチキ」に。
下田:なるほどね!
神戸:言葉って生きています。面白いです。
下田:江戸時代ってずいぶん昔の話で、自分に共通点がないと思ったけど、今生きてる私達はずっと先人から続いている1人だって感じるわね。
神戸:本当にそうですね。じゃあ、スーパーすごい言葉を紹介しようかな。「しだらがない」。
下田:しだらがない……だらしがない?
神戸:そうそう。
下田:全部逆さまにしてるじゃない!
神戸:ちゃんと説明しますよ。「しだらがない」という言葉を、天地替えしたのが「だらしがない」なんですよ。
下田:そうなの?
神戸:元は「しだらがない」なんですよ。そう『江戸語の辞典』に書いてあって、「ウソ?どういうこと?」と。で、「しだら」を引いてみたんですよ。出ていました。
下田:「しどけない」みたいな?
神戸:品行方正の「品行」「振る舞い」「行い」。
下田:「しだら」が?
神戸:そう。その「しだら」がない。だから、「だらしねえじゃねえか」。
下田:品性がない。
神戸:そう。
下田:それが「しだらがない」。じゃ、なんで「だらし」になったのか?
神戸:若者たちが、逆さ言葉として用いたのが残っちゃった。
下田:逆さが本筋になったわけ?
神戸:そうそう。元々は「だらしがねえなんて言葉を使うんじゃねえよ、当世の若者言葉を」なんて言っていたはずなんです。
下田:はああ!
神戸:じゃ、その「しだらがない」を、熟語で言ったら何になるでしょう?
下田:「しだらがない」が……うーん「怠惰」?
神戸:「ふしだら」となるんですよ。
下田:あらまあ……。そうか。
神戸:びっくりしませんか、この言葉?
下田:やっぱり言葉って、だんだん連綿と続いている。そして組み合わされている。関連がある。
神戸:僕らが使っている言葉の、もう消えてしまったかもしれない祖先、ルーツがこの『江戸語の辞典』にいっぱい出ているんです。
下田:「なぜ神戸さんが江戸語をそんなに推しているのかな?」って、私はちょっと引いて見てたんですけど、面白いですね。
神戸:まだいっぱいありますよ。
下田:とても勉強になりました。
◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)

1967年生まれ。毎日新聞入社直後に雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。ニュース報道やドキュメンタリー制作にあたってきた。やまゆり園障害者殺傷事件やヘイトスピーチを題材にしたドキュメンタリー最新作『リリアンの揺りかご』は各種プラットホームで有料配信中。