1934年=昭和9年ごろに形作られたとされる黄金市場は、戦後に地域の商店街として発展し、最盛期には120店舗以上が営業していました。

1970年には棟続きになっていた木造2階建ての5店舗が全焼。さらに隣接する3店舗を全半焼する火事がありました。

黄金市場は施設の老朽化に加え、木造の店舗が密集しているため、北九州市から火災の危険性が高いとして、「特定消防区域」に指定されています。

再開発を手がける不動産会社の「レトロ」は、10年ほど前から市場の地権者らと再開発に向けた協議を行っていたということです。

再開発を手掛ける地元の不動産会社、「レトロ」の上甲幸寿さんは、旦過市場一帯で起きた火災の際、「復興=ふっこう」にかけて、2250万円を寄付。
手つかずとなっていたがれきの撤去費用などに充てられました。

黄金市場の再開発については、「北九州市の人口100万人を目指すためにも、黄金市場がある三萩野を人で賑わう街に復活させたい」と話しています。