具志堅さんの母親が神に祈る貴重映像
1979年1月。7度目の防衛戦に挑む用高さんを後押ししようと、石垣島の実家には、家族や親せきが集まり、試合を中継するラジオを囲む様子がありました。
試合後、母・ツネさんは、拝所へ。息子の勝利に感謝の祈りをささげるシーンが映っています。

具志堅用高さん:
「拝みが好きだったのよ、おふくろは。俺が防衛するたびに、帰ってきたらいつ辞めるか、いつ辞めるかと言って、猛反対しとった。これを見たら、勝つしかないんですよ」
島を離れ世界へと羽ばたいた具志堅さんの活躍は、石垣島にとどまらず、沖縄、そして日本中の希望となり多くの夢と感動を与えてきました。世界タイトル獲得から、半世紀。
時代は変わっても、変わらず夢を追いかけてほしいと。島の子供たちへエールを送ります。

「今、石垣島の環境はどこにも負けない環境ですから。頑張れば、あきらめないで頑張れば必ず夢は実現できます。だからみんな頑張ってほしい。羽ばたく、島を出たら、とにかく頑張るんだっていう気持ちでやっていけば、叶います」
71歳になっても夢を追い続ける、具志堅用高さん。石垣島から、第2のカンムリワシが誕生することを、心待ちにしています。








