独自のおもてなし文化だった「からくり花火」

首里城の恩恵を受けてきた研究者の一人として、茂木さんは、首里城焼失後も再建への願いを込めて「からくり花火」の復元を続けました。

古文書に記録された からくり花火

1800年代、日本や中国が「打ち上げ花火」に傾倒するなか、琉球の「からくり花火」は、独自の進化を遂げたといいます。

茂木さん:
庭で打ち上げ花火ができないから、むしろ空に大きく打ち上げるんじゃなくて、小さい空間のなかで緻密な仕掛け、からくりで面白おかしく見せていく工夫をするわけです。発想の転換が素晴らしいと思います。

再建工事が進む首里城の前で話す茂木仁史さん

様々な無形文化を育んだ母なる存在というか、この存在が姿が見えなくなった時は本当に悲しい思いでしたけど、また素晴らしい日が戻ってくるんだなと楽しみです。

所属していた国立劇場おきなわを退職した今も、舞台の企画・演出などで琉球文化を広げる活動を続けている茂木さん。今回は、首里城の周辺で行われたもう一つの ”おもてなし” を教えてくれました。