與那嶺芳子さんにとって、6月23日の「慰霊の日」とは…
いつも明るく話す芳子さんですが、戦争で兄妹を亡くしています。軍に徴兵された兄と、糸満市摩文仁まで逃げ命を落とした妹の死を知らされたのは、疎開から戻ったあとのことでした。
芳子さんにとっての「6月23日」。戦没者の名前が刻まれた平和の礎に足を運び、亡くなった兄妹を思い出す日だと教えてくれました。

――礎の前にいる時は、どういう気持ちに
「胸が張り詰まって、言葉も出なかった。言葉も出なかったのよ」
孫・亮太さん
「よく生き残ってたね、ばあちゃんね。ばあちゃんが生き残ってたから、わん(僕)がいるんだよ」
芳子さん
「そうよ、ばあちゃんが死んでたらあんたがた、いないさ」
先月、芳子さんの百寿を祝うパレードが行われました。浅草で人力車の車夫をした経験もある亮太さんが、人力車を引きます。
孫・亮太さん
「見たことない景色を見せてあげたいなと」
芳子さん
「長生きの秘訣? くよくよしないで…なんでも食べる!」
100歳の彼女が生きる今日が、平和の尊さを語りかけています。
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