(だいち4号 有川善久プロジェクトマネージャ)「これまでやったことがない、作ったことがないものを作ろうとしているので、トラブルがつきもの。チームのみんなとメーカーの技術力と一緒に協力して壁を乗り越えてきた」

小学生から野球に打ち込み、中学と大学でキャプテンも務めた有川さん。この経験が、今のプロジェクトマネージャの仕事に生きているといいます。

(だいち4号 有川善久プロジェクトマネージャ)「中学の時はキャッチャーで盗塁を刺すときにガチガチでセカンドに届かなかった」「(大学では)セカンドに8割の力で投げるとショートが手を伸ばしてアウトにしてくれる、自分一人で頑張らなくて良いものだと大学の時に気がついた。そこから楽になった。キャプテンでも助けてもらって良いと思えたことが、今にいきている」

スポーツ少年だった有川さんがJAXAで人工衛星の開発を目指したきっかけ。それは、自然災害の多いふるさとでの経験でした。

(だいち4号 有川善久プロジェクトマネージャ)「幼少期から目の前に桜島。夜中でも昼間でも爆発を経験した、高校生のときに8・6水害があって、西鹿児島駅(当時)が浸水して、そこを通って自宅に帰った。そうした災害に貢献したい、役に立つ人工衛星に携わりたいと思った」

今回、有川さんたちが開発した地球観測衛星「だいち4号」。運用から10年が経ち、すでに設計寿命の5年を超えた「だいち2号」の後継機です。