青森県に存在するキリストの墓や、源義経とチンギス・ハンの同一人物説など、偉人には興味深い伝説や言い伝えがつきまとうものですが、甲斐の武将、武田勝頼の“墓”が高知に存在するのはご存知でしょうか?
高知に残る「武田勝頼の墓」実際に行ってみると⋯
武田勝頼は武田信玄の四男。日本史の教科書では1575年の長篠合戦で、鉄砲を大量に用いた織田信長に敗れたと記されています。
勝頼はその後、1582年に天目山(山梨県)で織田・徳川の連合軍に敗れ自害したというのが定説で、山梨県甲府市出身のテレビ高知・遠藤弥宙アナウンサーも「高知に勝頼の墓があるというのは聞いたことがない。小さい時から勝頼は天目山で亡くなったと聞いている」と話しています。
武田の"本場"、山梨県民も知らないという、高知に残る勝頼の墓⋯
インターネットの情報によると、愛媛県との県境に位置する仁淀川町にあるということで、実際に行ってみました。













