東日本大震災発災当時、福士さんは山田町の大沢小学校5年生でした。

自宅が津波に流され大沢小学校の避難所で暮らしながら、ふるさと復興の道のりを目の当たりにしてきました。
今、輪島市に派遣されて感じることは、災害によって被害の状況や復興の道筋も異なるということです。

(福士悠太さん)
「東日本大震災のときは、もう津波が来た区域、全部が何て言うんすかね、被災を受けていて。こっちの能登半島の場合だと、残ってる家もあれば、被災受けてる建物もあるので」
1万2000件を超えた輪島市の公費解体は、離島や道路が開通していないなどの理由で着手できない600件ほどを除いて2025年末に終了。
地震と豪雨二つの災害に見舞われた能登の被災地は、ようやく復興に向けたスタートラインに立ったところです。







