刑法39条には「心神喪失者の行為は、罰しない」とあります。

 殺人などの重大な犯罪を起こしても、責任能力がないとされて罪に問えない人たちは、法律のもとで治療がはじまります。
 一方で、家族などを奪われた被害者遺族には置き去りにされた状態です。

 今年7月、札幌のススキノで男性が殺害され、首を切断された事件。
 逮捕された田村瑠奈容疑者とその両親をめぐっては、検察が鑑定留置を請求し、8月下旬から精神科医の鑑定が続いています。
 鑑定留置とは、精神疾患などで刑事責任能力に疑いがあるときに請求されます。
 その数は、年間500人以上。
 鑑定の結果、刑事責任能力がないと判断され、不起訴または無罪となった場合、「医療観察法」に基づく治療がはじまります。
 札幌市東区の、司法関連施設が立ち並ぶエリアです。
 有罪の場合は、刑務所に収容されます。
 一方、不起訴や無罪となり、治療が必要と判断された場合は、医療機関に入院。
 ここは、大学病院が運営する全国初の医療機関、「北海道大学病院附属司法精神医療センター」です。

北大病院付属司法精神医療センター 賀古勇輝(かこ・ゆうき)センター長
「病室はすべて2階にありまして、全部で20床プラス予備が3床。今は21人入っています」
「ここの黄色いラインから向こうが患者さんのいる病棟です」
「まず患者さん入ってきますと、急性期のエリアがあって、回復期・社会復帰期とあって、退院という形になります」

 治療を受けるのは、殺人や傷害、放火などの重大事件を起こした人たちです。
 治療の内容、退院のタイミングは、最終的に裁判所が決めます。

北大病院付属司法精神医療センター 賀古勇輝センター長
「心神喪失・耗弱で医療観察法に回ってくるのか、それとも責任能力があるということ、裁かれて刑務所に行くのか。どちらに行くか本当に紙一重のような、グレーゾーンのところにいらっしゃる方もいますから、そういった方々をケアするときに、やはり実際起こした事件は大きかったり、そこには被害者がいたりとかもしますから」

 札幌市の、木村邦弘さん78歳。長男の弘宣さんを殺した男性は、刑事責任能力がないと判断され、不起訴処分になりました。

木村邦弘さん
「不起訴になったから、今度は裁判ではなく、医療観察の方の処遇に移って、そこから先は一切情報については被害者の方にお話しすることはできません、みたいな。それは絶対おかしいと思った」
「朝、日課でやる。(おりんを鳴らす)なにをするとか、あったこととか、最近ならパークゴルフいってこうだったよとか、一応報告はしている」
 9年前、長男の弘宣さんを殺害されました。

木村邦弘さん
「担当の医師と看護師さんが来て、『お気の毒ですけど』と話を聞かされて。病室入ったら、まだちゃんと拭いてない血があって、びっくりしたというよりも、なんだかもうあまりにもひどい状況で言葉も出ないというかなんとも」

 2014年2月、弘宣さんは勤務先の精神障がい者の自立支援施設で、入居者の男性に刃物で首を刺され、死亡しました。
 しかし、男性は不起訴処分に…。起訴前の鑑定留置で心神喪失の状態であるとされ、刑事責任能力が問えないと判断されたのです。

木村邦弘さん
「検察としては不起訴にせざるを得ないんですと説明されたんだけども、全然納得いかなかった」

 司法のもとで社会復帰のために医療を受ける「医療観察法」の対象者となった男性。
 木村さんは、加害者のその後を知ることができなくなりました。

木村邦弘さん
「被害者に対する情報提供については全く、他の一般の刑事事件の被害者と何ら変わらないはずなので。医療観察法そのものを被害者の視点から検証して正すべき」

 刑事裁判であれば、被害者は裁判に参加し、事件についてを知ることができますが、木村さんにはその権利がありません。
 いわば加害者側の治療を担当する賀古センター長は、現在木村さんが理事をつとめる被害者支援の活動に参加しています。
 木村さんと出会い、事件には、被害者の存在があることを実感したといいます。

北大病院付属司法精神医療センター 賀古勇輝センター長
「加害者支援の施設をやっていくうえで、被害者の視点を絶対に忘れてはならない。うちの施設ができる何年も前に、木村さんに教えていただいて」

 心神喪失者の厳罰化ではなく、被害者として当たり前の権利がほしい。
 こう語る木村さん。その訴えは、国に届くのでしょうか。

 被害者遺族はなぜ事件が起きたのか、加害者の動機や謝罪しているかなどを知りたいと考える人が少なくありません。
 しかし、刑事責任能力なしとして、不起訴となった事件の被害者への情報提供は、①名前 ②処遇段階(入院・通院・終了) ③保護観察所名 ④担当者との面談回数 の4項目だけが紙1枚で開示されるのみです。
 情報開示は、加害者の病状復帰の妨げになると考えられてきました。
 この情報すらも木村さんたちの活動によって近年、開示されるようになったのです。

 木村さんは、息子さんを殺害されたにもかかわらず、精神障害者の支援を続けてきた息子さんの意志を尊重し、加害者の厳罰化を求めていませんが、被害者として当たり前の権利がほしいと話しています。

 木村さんは現在も国に対して、この医療観察法の中に、被害者側の存在を意識するよう求めています。